第2話 夢は屯(たむろ)する (その149)
源次郎がドアをノックする。
そのドアも、きちっと閉められているのではなく、中の気配が分る程度には開いていたのだが、いきなり入る勇気はなかった。
「はい。・・・・・」
中から、富の緊張した声が聞こえる。
源次郎は、声が出ない。
「はい・・・・どうぞ。」
再び、富の声がする。
源次郎は、思い切って、ドアの扉を押した。
「こんにちわ。」
源次郎は、自分で言っておきながら、変な言い方だと思う。
初めて会う子の病室なのだ。
その入り方は変だろう?
だが、それしか思い浮かばなかったのである。
「おおっ!・・・・・何だ、兄ちゃんか?・・・・・えっ!また、なんでここに?」
富は、入ってきたのが待っていた相手と違ったことに驚くというより、源次郎だったことに驚いたようだ。
「こんにちわ。」
源次郎は、ベッドに横たわっている子供に向って、そう声を掛けた。
それが、礼儀だと思った。
「なんで、兄ちゃんがここに来るんだ?」
富は、それがどうにも腑に落ちないらしい。
「支配人と一緒に来ました。支配人、下で待っていますよ。」
源次郎は、子供を驚かさないようにと、静かに話す。
「えっ!・・・・兄貴が・・・・。」
富は、それだけを言って、絶句した。
「とにかく、一度下へ降りてください。お願いします。」
源次郎は、子供の気配を探りながら、富に言う。
「あいつ、相当に血が昇ってるぞ」と言った支配人の言葉が頭にある。
こんなところで、大声だけは出されたくなかった。
「ねっ、富さん。」
源次郎は、とりわけ優しげな声でドアの方を指差す。
富も、ようやく動き出した。
座っていた椅子から立ち上がって、子供の頭に軽く手を添えて、
「おっちゃんな、ちょっとだけお話してくるからな。おとなしく待っててな。」
と言葉をかける。
子供は反応しない。
ただ、じっと、窓の外の方向に顔を向けたままである。
2人は、階段を使って、1階へ降りた。
待合所に座っていた支配人が、軽く手をあげる。
「ちょいと、散歩しようや。」
支配人は、そう言って、玄関から出て行く。
富と源次郎も後に続く。
「富よ。・・・・・・俺は、もう少し時間を掛けて・・・・と言ったよな。」
支配人の言葉は、かなり強く聞こえた。
「それは・・・・でも・・・・・。」
「お前はそれでいいかもしれん。・・・・だけどな、サキの気持はどうなんだ?それをもっと2人で話し合えって言ったはずだ。それが、なんで、今日、ここに来てるんだ?」
「それは・・・・・・」
「言い訳を聞こうとは思っていない。お前の気持は俺も十分分っている。だけどな、これは、根本的には、サキの気持の問題なんだ。その気持を大切にしてやれないのだったら、俺はお前を許すわけにはいかんのだ。」
「・・・・・・・・・・・・」
前を行く支配人と、その後ろを行く富との会話は、それで途切れる。
源次郎は、その富からさらに後ろを歩いていたが、支配人の言葉はしっかりと聞き取れていた。
「だから、俺は、ミッキーに頭を下げたんだ。」
支配人のその一言は、別々な意味で、富と源次郎に衝撃を与えた。
(つづく)
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