第2話 夢は屯(たむろ)する (その13)
運ちゃんは、車を降りて、車の後ろから反対側へ回る。
そして、後部座席のドアを開けて、ミッキーを、いや佐崎美由紀を待つ。
気が付いたのか、慌ててサングラスを外して、ポケットに入れる。
ネクタイが曲がっていないかを自分の手で確かめている。
源次郎は、呆気にとられる。
「何だ?急に態度を変えやがって・・・」と心の中で思う。
この運ちゃんが言うほどに、このミッキー、いや佐崎美由紀と言う女は人気者なのか?
第一、本当にミッキーがその佐崎美由紀なのだろうか?
それは、源次郎には分らない。
ともかくも、ミッキーが後ろの座席に収まって、運ちゃんがそのドアを静かに閉めて、事は動き出す。
「兄ちゃんよ、どこまで行けばいいんだい?」と運ちゃんが訊いて来る。
さっき、ちゃんと言ったのに・・・とは思ったが、源次郎は改めて「サンライズホテルまで」と伝える。
運ちゃんは、顎で、「兄ちゃんは、前に乗りな」と言うように指図する。
運転席に収まった運ちゃんは、後部座席にいるミッキーをバックミラー越しにチラッと見るようにして、
「お時間があるようでしたら、市内をいろいろとご案内いたしますよ。どうですか?」と言う。
運ちゃんの指示で助手席に乗った源次郎が、
「いやいや、そんな時間は無いので・・・」と言うと、
「俺は兄ちゃんには訊いていない。美由紀ちゃんにお伺いしてるんだ。」と源次郎を睨みつける。
「へぇ〜、運転手さん、私のこと知ってくれてるんだ。嬉しいな。」とミッキーが応じる。
「いゃあ、そりゃ佐崎美由紀ちゃんを知らないなんて、そりゃモグリですよ。小樽に来られるのは初めてかもしれませんけど、もう大人気ですよ。なんてたって、美人で、可愛いし、それに・・・」
「・・・・それに・・・・?」
「それに、プロポーションだって抜群ですし。。。。」
「あはっ!私を知っていてくれて嬉しいんだけど、今日着いたばかりなので、また今度ね。でも、嬉しいから、運転手さんのお顔をちゃんと覚えとくわね。是非、私の舞台見に来てよ。そのときは、真ん前で一層ハッスルしちゃうから。」
ミッキーは、いや、佐崎美由紀は、甘い声でそう答える。
「もちろん、非番の日にゃ、毎日だって行きますよ。大のファンですから。・・・・そっか、真ん前でハッスルねぇ。」
運ちゃんの鼻の下がず〜んと伸びたような気がする。
そうなんだ、ミッキーは「東洋の舞姫、佐崎美由紀」なんだ。
この2人の会話を聞いていて、源次郎はそう確信したのだった。
まるで、運ちゃんの浮ついた気分が乗り移ったように、ふわりふわりと車は走っていく。
5分ほどで、車はホテルに到着する。
車を止めると、運ちゃんは、慌てて降りていって、ミッキーの、いや佐崎美由紀が降りる後部ドアを自分で開ける。
まるで、お抱え運転手を気取っているように見える。
源次郎は自分で助手席のドアを開けて降りる。
メーターの料金を確認していたので、ポケットから千円を出してそれで支払うつもりでいた。
ところが、運ちゃんが手招きをする。
「兄ちゃんよ。料金は要らないから、代わりにサインを貰ってくれないか?明日、色紙を持っていくからさ。な、頼むよ。」
それが聞こえたのであろう、ミッキー、いや、佐崎美由紀が、
「サインしてあげるから、そうしておきなさいよ。」と言ってくれる。
その一言で、運ちゃんも、そして源次郎も、互いに顔を見合わせてにっこりする。
(つづく)
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