第2話 夢は屯(たむろ)する (その124)
表のドアが開いて、誰かが入ってきた。
源次郎が振り返る。
「おっ!兄ちゃん、仕事にありつけたのかい?」
その声は、あの富さん、一昨日、駅の近くの食堂で出会って「男でなけりゃ出来ない仕事」を紹介してやるからと、ここへ連れてきた大男であった。
まるで、自分の家に帰ってきたときのように、ずかずかと入ってくる。
「あの時は、お世話になりました。ご飯、ご馳走になりまして。」
源次郎は、思い出したようにそう言った。
反射的に椅子から立ち上がって話している。
「今でもここにいるってことは、仕事にはついたってことだな?そりゃ、良かった。」
「まぁ、おかげさまで・・・・。」
富は威勢の良い声だが、源次郎は、何となく小声になってしまう。
「ところで、今、幕上がってんだろ。こんなところにいてもいいのかよ。兄貴、うるさく言わねぇか?」
富は、源次郎のことを心配してくれているようなのだ。
だが、彼が言う仕事、今、源次郎がやっている仕事は、まったくの別物である。
それを説明しようにも、あまりにも富の勢いが強すぎるのだ。
言葉が挟めない。
「今は、誰が板に乗ってるんだ?」
富は、源次郎が当然に知っているだろうというように訊いてくる。
「板に乗る?・・・・・・・・」
源次郎は、その意味が分らない。
「だからさ、今は、誰が舞台に出ているのかって訊いているんだよ。」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・」
源次郎は、首をかしげる。
「なんだ、そんなことも知らないのか。兄ちゃんは、一体どんな仕事してるんだ?ここで、何してるんだ?」
そんなことも知らない源次郎を、富は訝った。
「て、ことはだ・・・・・・板には乗せてもらえなかったってことだな。・・・そうか、駄目だったか。」
富は、源次郎の身体を、上から下まで改めて計りなおすように確認する。
「竿が折れてるのか、曲がってるのか?・・・・・・・だな?」
勝手にそう言って、自分だけで頷いてみせる。
「十分使えると思ったんだがなあ・・・・・。俺の目が狂ってたってことか。」
源次郎は、一体全体、何の話をされているのか、まったく分らない。
ただ、次々と出てくる言葉の中の、知らない単語に想像力を働かそうと一生懸命に考えるだけである。
その富の言い方から、
「ズボンを脱いでみろ」という支配人の最初の言葉に繋がっていることだけは何となく分かる気がする。
「僕は、舞台とは関係が無いんです。」
源次郎は、ようやくそれだけを言う。
富は、少し首を傾げたが、
「じゃあ、一体どんな仕事してるんだ?ここにゃあ、舞台と無縁の仕事なんてありゃしないだろ。」
椅子のひとつを引いて、逆向けに、つまり背もたれの部分を前にして座る。
「彼女の世話をしろと・・・・。」
源次郎は、壁に張られた佐崎美由紀のポスターを指差して言う。
その指の先を追ってみた富は、そのポスターを確認してから笑い出した。
「おい、冗談も休み休み言ってくれ。・・・あの子は、佐崎美由紀といって、今回の公演の主演なんだぞ。しかも、東京でも超一流だそうだ。・・・そんな子の世話をって・・・そんな訳はないだろう。」
未だに、笑いながら言うのである。
源次郎は、少し、カチンと来た。
(つづく)
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