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第2話 夢は屯(たむろ)する (その122)
「さすがに佐崎美由紀嬢です。・・・こう言っちゃなんですが、甲村もここまでは予想してなかったんじゃないでしょうか。」
笠野はそう言った。
そして、源次郎が怪訝に思ったことが分って、付け加える。
「甲村と言うのが、ここの支配人の名前です。甲村武志。」

源次郎は、それについては何も言わなかった。
名前などどうでもいいと思っているし、大盛況だと言われても、実感が無いのである。
なにしろ、比較するものが無い。
確かに、大勢の客が入っているようなのだが、源次郎は観客席の状況を覗いてもいないし、また、詳しく知りたいとも思っていなかった。
ただ、舞台に上がる美由紀を陰で支える。それだけを考えようとしていたのだ。

「笠野さん、今日は一体何ですか?」
源次郎は、冷たい態度を採る。
「例の件は、検討してからお返事しますから。」
そう言っただけで、背を向けてしまう。
内心では、「どうして、今日、来たのだ?」という疑問がある。

それを見透かしていたのだろうか、笠野は大きな鞄を一旦は足元に下ろしてから、中から新たなファイルを取り出してくる。
そうして、昨日と同じように、源次郎の横へ折りたたみ椅子を持ってきて、言われもしていないのに座り込む。
押しの強い奴である。

「これ、新たなご提案で。」
と、笠野は昨日受け取ったのと同じようなファイルを源次郎の前に置く。
「昨日のものとは別なんですか?」
無視するつもりだったのに、その言葉に源次郎は反応してしまった。
「はい。昨日、前向きにご検討いただけるというお話を頂きまして、実は、昨夜甲村に礼の意味を込めて、一緒に飲んだんです。」
「・・・・・それで?」
源次郎には、言われている意味がよく分らない。誰と誰が飲もうと関係ないことだと思ってしまう。
「そうしたら、彼は、同級生の誼だから教えてやるんだが、と前置きして、出演料でも契約金でも名目は何でも良いのだが、吉岡さんの分を加算しないと駄目じゃないか、と叱られました。・・・・私も、うっかりとしておりました。今までと同じように考えておりましたもので、大変な失礼をしたものだと、昨夜、急遽、本社と打合せを致しまして、改めてのご提案を準備させていただいた、というようなわけでして・・・・。」
笠野は、また額に汗をかいている。

「分りました。じゃあ、この新たな提案の内容で検討します。」
源次郎は、これで切り上げて欲しかった。

美由紀は、金額の問題ではない、と言っていた。
だから、新たに増加されようがしまいが、それは問題ではないのだ。
ただ、源次郎が迷うのは、いろいろとあったこの北海道に対する美由紀の拘りなのだ。
そこまで精神的に辛いものなら、どうしてそれを外さないのか?
話だけだが、美由紀の人気は東京でも相当なもののようだ。
であれば、客数も東京と比べれば圧倒的に少ないであろう北海道の仕事に無理をする必要はない筈ではないか。
それなのに、札幌の仕事に前向きになっている。
いや、美由紀は、既にやることを決めているのだと思う。

先ほどのスワンで、「丁度、仕事で札幌にいるから」と言ったのである。
だが、源次郎には、本当にそれでいいのか?という迷いが残っているのだ。


(つづく)



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