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第2話 夢は屯(たむろ)する (その121)
「あっ!笠野さん・・・・・・。」
源次郎は、思わずそう口に出した。
まさか、昨日の今日、ここにやってくるとは思っていなかったからだ。

それで、美由紀も振り返った。
笠野は、慌てて、深々と頭を下げて挨拶をする。
「ミッキーさん、おはようございます。」
「・・・・・・・・・・・・・・」
美由紀は、明確には返事をしない。
それでいて、源次郎を方を指差して、大きく頷いて見せる。
いかにも、「この彼と話をして」とでも言いたげである。

その意味が分ったのか、笠野はそのまままた与えられていた事務所の隅の椅子に黙って腰を下ろす。
昨日と同じように、美由紀が楽屋へ入ってからにしようと意識しているようだ。


美由紀が珍しいことに、ここで煙草を吸う。
時間調整なのだろうか、時計を確認したうえでの行動なのだ。
「源ちゃん、煙草の新しいの1箱頂戴。もう1本しか残ってないから持って入る。」
一口吸ってから、美由紀はそう言う。
源次郎は、ポケットから美由紀用に準備していたものを取り出す。
そして、封を開けて、最初の1本が取り出しやすいようにしてから、美由紀に手渡した。
「本当に源ちゃんの思うとおりに交渉してくれたらいいからね。」
煙草を受け取るとき、美由紀が小さな声でそう言った。

いつもの化粧担当の子がやってきた。
自分の左腕に、何種類かの化粧サンプルをつけてきている。
「昨日、おっしゃった色、これでどうでしょうか?」
その腕を持って見ていた美由紀が、
「この真ん中のベースが良いんじゃない?」
「はい、分りました。じゃあ、この色で準備します。」
そう言って、嬉しそうに女の子は楽屋へ走って行った。

「じゃあ、そろそろ・・・。源ちゃん、これ、お願いね。」
美由紀は、そう言って、ハイヒールをそこで脱ぐ。
どうやら、あの化粧担当の子が来るのを待っていたようだ。
そう言えば、昨夜帰るときに、化粧の色の話を2人がしていたことを源次郎は思い出す。
「では、行ってらっしゃい。」
源次郎は、意識もせずにそう言って、美由紀を見送った。


その美由紀と入れ違うようにして、支配人が入ってきた。
手に、小さな封筒を持っている。
「おはようございます。」
源次郎の方から挨拶をする。
これは、昨日まではしなかったことである。
何となく胡散臭い奴と思っていたし、いつでも辞めてやる、という気持もあったからだ。
だが、今朝は違った。
美由紀との出会いの話を聞いた以上、少なくとも「美由紀の恩人」ではあるのだから、という思いがそうした行動を取らせている。

「昨日の分だ。中に、領収書が入っているから、ハンコをくれ。」
おっと、そうだった。日払いの約束だった。源次郎も忘れていた。
中の現金を確認してから、領収書にハンコを押す。勿論、どこにでもある三文判だ。
「ん?」
ハンコを押すときに、源次郎は言われていた金額よりやや多いのに気付いた。
「これ、約束より多いんですけれど・・・」
後から文句を言われるのが嫌だったから、その時点で言っておく。
「いいんだ。満員御礼の祝いも入ってる。」
支配人は、そう言うと、ハンコを押した領収書をひったくるようにして奥へと消えた。


「予想以上の大盛況のようですから・・・」
笠野がにっこりしながら、近づいてくる。


(つづく)




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