第2話 夢は屯(たむろ)する (その12)
源次郎は、表に出て、タクシーを捕まえてくる。
そして、細い路地を通って、事務所にいるミッキーを迎えに行く。
ミッキーは、化粧道具を広げて、化粧をしていた。
「車、表に来ていますので・・・」と源次郎が言う。
「あっ、そうなの。今、お化粧中だから、ちょっとだけ待ってもらってね。」とミッキー。
それから、5分待たされる。
「化粧時間の短い女がいい女だ」という父の言葉を思い出す。
源次郎はイライラする。
タクシーの運ちゃんに文句を言われるのは俺なんだ、という意識がある。
捕まえたとき、チラッと顔が見えたが、50歳ぐらいの強面のおっさん運転手である。
ようやく、ミッキーが化粧道具を片付けに掛かる。
パタンと音をさせて、ケースの蓋を閉める。
「よし、これでいけるぞ」と源次郎が思ったとたん、
「ちょっと、おしっこしてくるから、このケース先に運んどいてよ。」
ミッキーはそういって、通路へと出て行く。それも、ゆったりとである。
源次郎は「むかっ!」とするものがあったが、支配人の態度からして粗末に出来ない相手である事だけは理解していたから、それをじっと我慢する。
「じゃあ、先に車のところへ行ってますからね。」
そういい残して、源次郎は女の化粧ケースを持って表に駆け出す。
怖そうな運ちゃんの顔が頭に浮かぶ。
車のところまで行くと、運手席には誰もいない。
辺りを見渡すと、劇場前に掲げてある大きな看板の前に運ちゃんが立っている。
苦虫を噛み潰したような、嫌な雰囲気の顔をして、煙草を吸っている。
「怒ってるんだろうなぁ」と源次郎は頭を抱える。
「すみませんね。待たしちゃって。」と声を掛ける。
「兄ちゃんよ。いつまで待たせりゃ気が済むんだ。これだけの時間がありゃ、もっと稼ぎになったのによ。」
と、思ったとおりのご機嫌斜めだ。
吸っていた煙草を道端にポイと捨てて、その上から靴で踏みつけて火を消す。
制服だろうが、帽子を横っちょにかぶって、薄いサングラスを掛けている運ちゃんは、それだけの態度で十分凄みがある。
「じゃあ、行こうか。」と運ちゃんが運転席に座る。
「あのぅ、すいませんね。もうひとり女性が来るもので。」
源次郎は、半ば首を引っ込めるような気持で言う。
「おい、兄ちゃん、いい加減しろよな。俺は遊んでる暇はねぇんだ。これ以上待たすんだったら、他の車探してくれ。俺は、もう行くぜ。」
と、既にエンジンを駆けている。
「ちょっと、待ってくださいよ。本当に、もうすぐ来ますから。ね。お願いしますよ。」
源次郎は、正直な気持を言っている。ひたすら頭を下げる。
そうしたときに、ようやく路地から、ミッキーの姿が見えた。
「あっ!いま来ましたから。ね。」と運ちゃんに向って言い、振り返ってはミッキーに「早くしてくださいよ。お願いします。」と声を掛ける。
「おい!兄ちゃん!」と運ちゃんが叫ぶ。
もう、こうなったら、とことん頭を下げるしかないと源次郎は覚悟を決めて振り返る。
「・・・・・・・・」運ちゃんが、ポカンとくちを開けたままで、運転席から降りて来る。
「ホント、お待たせしちゃって、申し訳ありません。」と源次郎は頭を深々と下げる。
「おい、兄ちゃんよ。あれは、あの子は美由紀ちゃんじゃないのかい?」
・・・・・源次郎は、運ちゃんが言っている意味が分らない。
「いえ、あの人はミッキーさんですけれど。・・・・」とだけ答える。
「おっ!やっぱり、美由紀ちゃんだ。佐崎美由紀ちゃんじゃ。・・・兄ちゃんよ、そうならそうで、早く言ってくれよな。美由紀ちゃんのためなら、1時間でも2時間でも、俺は待つぜ。」
「・・・・サザキ ミユキ?・・・・」どこかで聞いたような・・・?と源次郎は思った。
「あっ!そうだ。事務所の壁に貼ってあった名前だ。」と源次郎は思い出す。
「東洋の舞姫、佐崎美由紀、遂に来演」と書いてあった。
(つづく)
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