第2話 夢は屯(たむろ)する (その119)
「源ちゃんさ、・・・あのおばあさんに、何か言われたの?」
歩き始めてすぐに美由紀が訊く。
「・・・・いえ、何か言われたってほどのことではないんですが・・・」
源次郎は、少しだけ迷った。
昨日、寄ってガムを買ったときに「明日も寄ってほしい」と言われたこと、美由紀にはまだ報告していなかったからである。
「先ほど、僕のことを良い人かい?と訊いてましたよね。・・・昨日も、一昨日も、同じことを訊かれました。」
「それで?」
「・・・もちろん、そんなんじゃありませんよって答えました。」
美由紀は、それを聞いて、なぜか小さく頷いた。
「でもさ、今日、もう、良い人だよって言っちゃったから、明日からは訊かれないよ。」
「でも、あんなことを言っちゃって大丈夫なんですか?」
「うん、あのおばあさんは大丈夫。・・・・それより、他にも何か聞いたの?」
「・・・・・実は、昨日寄ったときに、明日も来て欲しいって言われました。」
「・・・・・・・・そっか・・・・」
美由紀は、それだけしか言わなかった。
「スワン」に着いた。
昨日と同じ席に座る。
「何にするね?」
水を運んできたマスターが源次郎だけに訊いてくる。
「美由紀さんと同じもので。」
そういうと、マスターはサイホンの前に移動する。
返事もしない。
「ねぇ、マスター、もうチケット来てるの?」
美由紀がマスターに聞く。
「ああ、昨夜受け取ったところだ。」
「じゃあ、30枚、いえ、今回は50枚貰うわ。」
「そんなに無理をしてくれなくても。」
「ううん、無理なんてしてないの。丁度さ、私も札幌で仕事があるから。」
「そうかい、じゃあ、甘えとくかな。」
「じゃあ、これで。」
美由紀はそう言って、1万円札を3枚カウンターの上に置いた。
「ああ・・・・今は、釣りが無い。また、今度でいいよ。」
マスターがそう言うと、美由紀は首を大きく横に振って、
「だったら、もう10枚増やして、60枚。それだったら、これで丁度でしょう。」
「そこまでしてくれなくても・・・・」
「ううん、いいの。その分、うちの人が頑張ってくれるから。」
マスターは、珈琲カップをふたつ並べて、そこに珈琲を注ぐ。
そして、棚の上においてあった大きな袋からチケットの束を取り出して、枚数を数え始める。
「チケットは、それこそまたの日でいいわよ。これから、暫くは毎日来るから。」
美由紀はそう言ったが、マスターは作業を止めたりはしない。
そして、60枚のチケットを小さい封筒に入れて、美由紀の前に置く。
「いや、こういうのはちゃんとしておかないと。」
「相変わらずね。マスターも。」
美由紀はそう言って、受け取ったチケットをハンドバックの中に入れた。
枚数も確認しないままである。
受け取った現金を先ほどの大きな袋に仕舞い込んでから、マスターはパンフレットのようなものを美由紀と源次郎の前に置いた。
バレエの発表会のようである。
「この舞台を見るたびに、キヨがどこかにいるように思えて、つい探してしまうんだ。」
マスターがポツリと言った。
(つづく)
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