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第2話 夢は屯(たむろ)する (その1189)
「あ、はい・・・。」
源次郎は、そう言って受け取ったものの、何となく呆気無さを覚える。
(ええっ! こ、これで・・・、これだけで終わりなの?)という感じだ。

確かに、言われたからサインはした。
それでも、仮とは言え、契約書というタイトルが付いた書類である。
それなのに、押印すらも求められない。
(本当にこれだけで良いの?)と思ったとしても不思議ではない。

第一、チーフマネージャーという肩書きの付いた名刺を持たされているとは言っても、源次郎は、決して美由紀が主宰する佐崎プロモーション企画を代表する立場にはいない筈なのだ。
それなのに、その名刺の肩書きだけを信用して、源次郎のサインで契約が成立したと考えることがどうにも現実的では無いように思えたのだ。


「で、では・・・、私は、これで・・・。」
契約書の片方を鞄に収めた笠野が席を立つ。

「ああ・・・、ご、ご苦労様でした・・・。」
まだ茫然とした気持から抜け切れていない源次郎は、もうそれだけしか反応できない。

「これから、札幌の支店に戻ります。
ですから、以降のご連絡は、支店のほうへお願いいたします。
美由紀嬢にも、よろしくお伝えくださいませ。
では、失礼をさせて頂きます。」
笠野は、そう立て続けに言葉を並べたかと思うと、そのままの勢いで事務所のドアを出て行った。
まさに、アアもスウも言う暇が無いほどの素早さだった。

源次郎は、暫くはその場を動くことが出来なかった。
それこそ、今、ここで、何があったのかさえ幻だったような錯覚に陥っている。

それでも、源次郎の手元には、自分の筆跡が鮮明に残った契約書の片割れが残されている。
それが、そのたった1枚の紙切れが、「これが現実ですよ」と教えてくれている。


源次郎は、先ほどのファイルを取り出してきて、その仮契約書をどこかに挟み込もうとする。
何はともあれ、美由紀が舞台から降りてくれば、真っ先にこのことを報告しなければいけない。
そして、仮とは言え、あくまでも契約書である。
笠野の言い分が正しいとすれば、これで札幌の舞台に美由紀が上がることが確定したのだ。
決して粗末に扱えるものではないし、万一にでも紛失などがあってはならないものだ。
そう思うと、どこかに挟み込むなんてことは出来ない。
新たに、こうした重要書類だけを収納しておくものが必要な気がしてくる。

源次郎は時計を確認する。
まだ舞台の終わりまでは時間がある。

源次郎はそのファイルと契約書を鞄に入れ、それを肩から襷掛けにして事務所の出口へと駆け出した。
商店街の文具屋に行くつもりだった。


(つづく)





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