第2話 夢は屯(たむろ)する (その113)
おばちゃんにじっと見詰められて、源次郎は腹を括った。
「じゃあ、美由紀さんはここに泊めてあげてください。明日の朝、迎えに来ますから。」
その言葉に、おばちゃんは少し慌てている。
「えっ!あなた様は?」
「僕は、今夜はホテルへ戻ります。少しやっておきたいこともありますから。でも、気にしないでください。決して、怒ったりしている訳ではないんですよ。仕事上のことですから。・・・・」
「でも・・・・・・それでは・・・・」
「美由紀さんを、ゆっりとさせてあげてください。よろしくお願いいたします。・・・・あっ!それと、僕がホテルに帰ったというのは、訊かれるまでは黙っておいてください。」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
おばちゃんは、何かを考えている風だったが、
「では、お言葉に甘えまして、美貴はうちで預からせて頂きます。我侭ばかりで、申し訳ありません。」
と、丁寧にお辞儀をした。
「今、下へ降りても、大丈夫ですか?」
源次郎は、美由紀がどこにいるのかわからないから、そう訊ねる。
「そっと、降りていただければ・・・・。多分気付かないと思います。」
おばちゃんは、小さな声でそう言った。
源次郎は、鞄に笠野から預かったファイルを入れ、それだけを持って階段を下りた。
残りの化粧ケースなどは、美由紀のために置いておくつもりだ。
静かに下りて、靴を履いて、店の中を通って、表に出る。
途中、カウンターの中にいた店主に、軽く会釈だけをする。
怪訝な顔をされたが、後でおばちゃんからいきさつを聞けば分ることだと思う。
源次郎は、記憶を辿りながら、一旦は劇場の前まで戻ってくる。
ホテルまでは、もっと別に近い道があるのだとは思うのだが、市内に詳しくないから、昨日、今日と歩いた道順だけが頼りである。
劇場を確認してから、そこを起点に、またホテルへの道を思い出そうとする。
昨夜、美由紀と歩いた道である。
今朝のホテルからの道を逆走しても良いのだが、朝と夜とではまったく景色が変わってしまうから、朝の記憶は頼りにならない。
やはり、同じ時刻頃だった、昨夜の道を選択する。
昨夜の料理屋を確認できた。
その前を過ぎてから、ふと源次郎は立ち止まってしまう。
昨夜、確かにこの辺りを美由紀と一緒に歩いた筈だったが、昨夜は美由紀がウインドーショッピングのようなことをして、あちらの店、こちらの店、と覗きながら歩いたものだから、何となく記憶が定かではない。
二股に分かれる道に来て、はて、どちらだったかが思い出せない。
暫くはそこに立って、それぞれの方向を睨んでは見たが、確かにこっちだと思える道が無い。
仕方が無いから、傍のラーメン屋のおじさんにホテルの名前を言って訊いてみる。
「そのホテルなら、右の道をまっすくだ。一本道だから、迷うことは無いよ。」
そう教えてくれた。
暫く行くと、思い出す風景に出会った。
美由紀が、ホテルまで競争しようと言い出した地点である。
源次郎は、少し安心した。
これで、迷わないで帰り着けると思う。
昨夜はふたりで走った道を、今日はひとりで歩いている。
「それにしても、早い足だったなあ。」
昨夜の光景がまざまざとよみがえってくる。
ホテルの玄関まで、あと少し、というところまで来て、改めてホテルの方向を見やる。
すると、そこには、昨夜と同じように、美由紀が仁王立ちのように立っていた。
「源ちゃん、足、遅い!」
(つづく)
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