第2話 夢は屯(たむろ)する (その1129)
「そ、そうですか・・・、ありがとうございます。」
源次郎は丁寧に礼を言う。
トリを務めるトップスターの美由紀でさえ、やはり、こうした裏方さんには気を遣うらしい。
舞台というものは、何も舞台の上で踊って見せるストリッパーだけで出来るものではない。
舞台を作る、大道具、小道具、照明、音響、さらには、場内係りや切符売りの人までを含めた、いわゆる裏方さんたちの努力があって出来上がるものだ。
そのどれひとつが欠けても、決して良い舞台とはならない。
そうしたことを十分に意識した結果である。
源次郎は、早速、その調整室に行くことにする。
一旦、先に来たのは、今手にしている裏方さんへの弁当を届けるためなのだが、美由紀が「支配人に渡して」と言っている以上、その指示には従わなくてはいけない。
目の前にその裏方さんのひとりがいるが、だからと言って、この袋を手渡すわけには行かない。
そう思うからだ。
で、滅多に立ち入ることのない奥へのドアを押して入る。
通路を行くと、右手に化粧室がある。
その近くまで行くと、何とも言えない独特の匂いがする。
そう、香りなどという生易しいものではない。男にはない、まさに女の匂いだ。
いつもの匂いなのだが、こうして朝一番にそれを嗅ぐとさらに強烈に感じるのは、やはりここが別世界だからなのかもしれない。
その化粧室の前を通り過ぎたとき、後ろに誰かの気配を感じた。
で、振り返る。
「ああ・・・、おはようございます。そ、それにしてもお早い入りで・・・。」
源次郎を見つけてそう言ってきたのは愛子だった。
そう、今回の舞台のメイクを担当している女の子である。
どうやら、源次郎が美由紀と一緒に来たものと思ったらしい。
「あっ、おはようございます。でも、美由紀さんは、まだですからね。」
源次郎はそう事実を補足する。
勘違いをされたままで行くわけにはいかない。
「えっ! ・・・、ああ・・・、そ、そうなんですか?」
愛子は目を丸くしてそう言った。
やはり、美由紀も劇場入りしたものと思っていたようだった。
「はい、先に、ちょっと支配人に用事があって・・・。」
源次郎がそう釈明する。
「ああ、そ、そうだったんですか・・・。」
そうは言ったものの、愛子は少し首を傾げるようにする。
源次郎の説明では納得出来なかったようだ。
「じゃあ、コーヒーをお持ちしますね。」
愛子は、そう言って源次郎に背を向けた。
(つづく)
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