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第2話 夢は屯(たむろ)する (その112)
ファイルを順に捲ってみる。

「公演の概要」という項目から始まっている。
だが、その中身を読んではいない。
ただ、目が、視線が、その並べられた文字の上を滑っていくだけだ。
頭の中では、別のことを考えている。

美由紀は、今まで、北海道は意識して避けていたのだ。
その理由は、痛いほどに分る。
今、帰って来いと言われても、決して大阪には戻れないと考えている自分と同じものがある。
逃げ出した場所、そこから離れたかった場所、戻りたくは無い場所。
それが、美由紀にとってはここ小樽であり、北海道なのだ。

だが、そうした思いも、支配人の強い頼みで破らざるを得なかった事情も理解できる。
自分でも、同じ立場だったら、そうするだろうな、とも思う。
そして、その後に、札幌への話をその支配人が意識的にだろう、セッティングをしてきた。
と、言うことは、美由紀が言うように、支配人にも何かの思惑があるに違いない。
決して女を泣かせる人じゃないと美由紀は言ったが、それは同じ男として、例外なく「そうではないだろう」と否定できる。
そんな格好の良い男が、この現実の世の中にいる訳はない。
そんな男は、映画や小説の中だけにしか存在しないものだ、と思っている。

それだからこそ、自分が求められているのだ。
そのことは理解している。
決して難しいことではない。
この小樽と同じようにしておればよいのだろう。
舞台のことは美由紀自身が決めてやるだろう。
だから、舞台を降りた時間をカバーするだけなのだ。

そうは思うのだが、なぜかしら、「では、僕が交渉して決めますよ」とは言えない源次郎なのである。


煙草に火をつけて吸っていると、下からおばちゃんが上がってくる。
そのことは、足音で分った。美由紀の足の運びではないからだ。

「申し訳ありません。美貴が、何か我侭でも申しましたようで・・・・。」
上がってくるなり、その場で畳に額をつけんばかりの姿勢で頭を下げる。
「許してやってください。・・・・詳しいことは美貴も何にも言いませんから分りませんが、とにかく、私に免じて許してやってください。お願いします。この通りです。」
おばちゃんは、平伏すようにしてそう言う。

「美由紀さんは?」
源次郎は、かける言葉に窮して、そう訊いてみる。
「・・・・はい、美貴は、下で泣いております。私の育て方が悪かったのでしょう、その点は私が幾らでも責めを負いますから、美貴のことを許してやってください。」
「許すも許さないも、美由紀さんは何もしてはいませんよ。ですから、僕も怒ってなんかいませんし。」
「だったら、どうして?・・・・・・」
おばちゃんは、少しだけ顔を上げて、源次郎の様子を窺っているようである。

「こんなときに言うことじゃないのはよくよく分っておりますが・・・・・。それでも、何とか、今夜、ここにお泊り頂くわけには参りませんか?いろいろと、ご事情はおありとは思いますが・・・あんな美貴を見ていたら、とてもホテルにお帰しなぞできません。」
「それは・・・・・・」
源次郎は、言葉に詰まる。


(つづく)



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