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第2話 夢は屯(たむろ)する (その111)
「どうして、僕に交渉を任せるのかってことは、何となく分かりました。でも、でも、僕は素人なんですよ。何にも分っちゃいない。それなのに、その僕が決めちゃっても良いんですか?後で、こんなことだったら・・ってなりませんか?」
源次郎は、自分にその力も権限も無いことを強調する。
要は、責任逃れをしたいのだ。

「私は、金額的なものは、特に考えてないの。この資料にも、それなりの価格を提示しているし、決して佐崎美由紀としての価値評価には異存はないの。・・・・ただね、やっぱり北海道へ来ているという事実が私の気持を揺らすの。些細なことに過敏に反応したり、僅かなことで落ち込んだりするの。」
源次郎は、この言葉を聞いて、昨日からの美由紀の言動の理由が分ったような気になる。

美由紀は、舞台のことを考えている場合と、そうでない場合とでは、ことごとく感情の起伏というか、凹凸の大きさが違うのだ。
源次郎は、それを、舞台でトップクラスを張る人間の意固地なプライドの高さなのだと思っていた。
男を顎で使ったり、わざと意地悪な質問をしてみたり。
そうした起伏は、業界のトップスターだというところから来ているのだと思っていた。
支配人も「我侭だが、本音は良い子だ」と言っていた。
逆に言えば、そう捉えられたから、あのような使い方をされても、仕事だからと割り切れたのだ。
そうでなければ、美由紀が自分で言うように、とっくの昔に切れていた筈なのだ。

「でも、選択肢として、北海道の仕事は、まあ義理が絡んでいたこの小樽だけにして、後はすべて従来どおり断られるっていうのもありますよね。」
源次郎は、理屈で言う。

「確かに、そうよね。・・・・・・・そうなんだけれど・・・・。あ〜あ・・・・・」
美由紀は、自分でも整理のつけられないものがあるようだ。
そこに、本当の迷う原因があるのだろうと、源次郎は推察する。

「源ちゃんさ、・・・・・本当は、私と離れたいって思ってない?」
美由紀は、源次郎の目をじっと見る。
「いいえ、そんなことは思っちゃいませんよ。それは、はっきりと言ったと思いますけれど。」
源次郎も、真正面から美由紀の目を見返して答える。
「だったら、・・・源ちゃんが決めてよ。・・・・私に、札幌にも一緒に行ってやるから、この仕事請けろって言ってよ。」
美由紀の目から、涙があふれ出る。
「それを・・・・・僕が決めるのですか・・・・・・」
源次郎は熱いものが胸にあるのに、その美由紀の思いに答えられない。

「意気地なし!」
美由紀は、そう言って、その場を立った。
そして、階段を一気に下りていった。

ひとり取り残された源次郎は、ちゃぶ台の上の資料を読みにかかった。


(つづく)



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