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第2話 夢は屯(たむろ)する (その105)
「その日最終の舞台って、やはり終わったあとも時間がかかるんですね。」
源次郎は、手順が分らないから、そう言って確かめる。

「そうね、フィナーレやってから、化粧を落としたりするから。・・・あっ!それと、支配人の方針で、日々の最終舞台は、お客さんを見送ることになったから、余計にだわね。」
美由紀は、源次郎が揃えたハイヒールを履きながら、そう答える。

「お客を見送るって?」
源次郎には、その意味が分らなかった。
「うん、舞台のへそから客席へ降りて、ホールの出口まで行って並ぶのよ。それで、また来てねって挨拶するだけのことなんだけど。」
「へぇ〜、それってどこでもやるんですか?」
「ううん、ここの支配人のアイデア。今日、2回目の舞台が終わったときに、皆を集めて、そうするからって言うのよ。他ではやってないと思う。少なくとも、私は初めてだったよ。」

源次郎は想像する。
舞台のへそから客席の中へ女達が降りていく。
それって、狼の群れに、羊を投げ込むようなことではないのか?
少なくとも、舞台のへその周りは、カブリツキと言って、熱狂的な客が陣取るところである。
その中へ、あの舞台衣装で降りていく。
想像するだけで、源次郎はクラクラする。
東京などでは有り得ないのではないか、そんな気さえする。
「客席に降りるって、危険じゃないんですか?触られたりしません?」
「それって、美由紀のことを心配して言ってくれてるの?だったら、嬉しいな。」
「・・・・・勿論ですよ。」
源次郎は、一瞬詰まった。

「大丈夫。少なくとも、今日は大丈夫だった。握手を求められることはあったけれど、変な触り方はされなかったよ。」
「だったらいいんですが・・・・」
「うん、もし、変な触り方されたら、ここにいる源ちゃんのとこ飛んでくるもん。だから、どこにも行かないでねって頼んでいるでしょう?」
美由紀は、そう言って、にっこりと笑う。

「でも・・・・・万一、そうなったら、僕はどうすれば良いんですか?」
源次郎は真顔で訊く。
その真剣な顔を見て、美由紀が言葉を続ける。
「はい、じゃあ、そうなったときのリハーサルね。源ちゃん、目を瞑って。」
源次郎は、訳もわからず、兎も角言われるとおりに目を瞑る。
そのとたんに、美由紀が源次郎にキスをしてきた。
源次郎が慌てて声を出そうとしたが、その唇を美由紀の唇が包んでしまう。

美由紀の手が源次郎の手を取って、自分の腰に回させる。
結果として、源次郎が美由紀を抱いてキスをしている形になる。
2人はしばらくそのままでいる。
今までに感じなかった美由紀の身体の感触というものを、源次郎はしっかりと受け止めていた。


奥から、また何人かが出てきた。
その気配で、2人は身体を離す。

「お疲れ様でした。」
「お先に失礼します。」
「明日もよろしくお願いいたします。」
そういった声が2人に投げかけられて、また、静かになる。

「じゃあ、源ちゃん、私たちも帰ってご飯たべよ。」
美由紀が、甘えた言い方をした。

源次郎が鞄と化粧ケースを抱えて、帰る準備が完了する。


(つづく)





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