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第2話 夢は屯(たむろ)する (その103)
まもなく、フィナーレがあって、初日の全舞台が終わったようである。

だが、先ほどの2回目の幕とは違って、誰もこの事務所の方へは出てこない。
「どうなっているのだろう?」という不安はあるものの、美由紀には「ここから動かないで」と言われているから、奥の楽屋の様子を見に行くわけにも行かない。

源次郎は、多少、いらいらした。
先ほどと同じであれば、もう、あのおばちゃんの家、つまり「美由紀が育った家」に着いている頃である。
なのに、まだ、誰も出てこない。
その代り、表通り、つまり劇場の表では、何やらざわついた気配がある。
夜になって、商店街が静かになったせいなのか、それとも源次郎が不安な気持で待つからなのか、そのいずれなのかも分らない。

何本かの煙草を吸ってみた。
最初は不味いと思った煙草だが、何度と無く吸っているうちに、あまり違和感を感じなくなっている。
同じ煙草を美由紀が吸っているのだという意識が作用したのかもしれない。
兎も角も、この煙草で十分寛げるようになっている。

だが、今は状況が少し異なっているようである。
何本吸っても、イライラは収まらない。
それどころか、そうして増えていく灰皿の中の吸殻を見ていると、次第に美由紀の吸い方に似てきているようにも思う。
いらいらするから、吸っているのだ。
それでも収まらないから、少ししか吸っていないのに、灰皿に投げ込んでしまう。

4本目の煙草を咥えたとき、ようやく照明係りや大道具というのだろうか、俗に言う裏方をやっている男達が楽屋の方から入ってきた。
続いて美由紀たちも入ってくるのかと待っているのだが、どうもそうではないようだ。

「だけど、さすがにミッキーさんだね。あれだけの観客を黙らせるほどの踊りをするんだから。俺も、噂には聞いていたけれど、実際に見たのは初めてで、圧倒されちゃうね。あの踊りには。」
5人の男の中では最年長だと思える男が、そう仲間達に話している。
「そうですよね。今までにも、いろんなトップスターと言われる人が来たけれど、これだけのショーを見せられたのは初めて。思わず見とれていて、ライト回すのを忘れそうだった。」
「馬鹿野郎!そんなことでプロが務まるかよ。情けない。」
「いや、山ちゃんが言うのは分るよ。あれだけの舞台は、今じゃ北海道じゃ見られんだろうて。わざわざ、支配人が奥の手を使って呼び寄せただけのことはあるってことさ。」
「おい、誰か、東京でミッキーさんの舞台見たことがある奴はいねえのかよ。」
「そう言う、ターさんこそ、見たことも無かったんでしょう?・・・でも、あの舞台を2週間間近で拝めるんだから、仕事冥利ってものだわな。この仕事、やってて良かったぜ。」

源次郎は黙って聞いていたが、男達は、好きなように美由紀の舞台を褒めちぎっている。
やはり、仕事と言えども、男の目である。
いや、こうした業界で見慣れている筈の男達が、そのように褒めるのである。
余程のことなのだろうと思う。

源次郎は、この5人の男達の名前も担当業務も知らない。
だから、誰がどのように話したのかは、その声を聞いていても殆ど分らない。
だが、ひとつだけ、耳に障るような言葉があったのを聞き逃してはいない。
この5人の誰かが、「支配人が奥の手を使って美由紀を呼び寄せた」と言ったことである。

本当は、その男達の輪に入って、今の言葉の内容を訊いてみたかった。
だが、そうした間柄には至っていない。

源次郎は、まるで「生唾を飲む」ように、その質問の言葉を喉の奥に仕舞い込んだ。
「その、奥の手ってなんだ?」


(つづく)



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