第2話 夢は屯(たむろ)する (その102)
源次郎は、改めて考えている。
金が無くなったからと、大阪の母に無心をした。
母は、父に内緒で、5万円を送ってくれた。
そして「これで帰って来い」と。
だが、源次郎は切符を買う勇気は無かった。
大阪の父に顔を会わせたくは無かった。
別にこの小樽に執着があるものではない。
ただ、どこか別の土地へ行こうにも、何ら当てはなかった。
だから、食堂で、「男でなければ出来ない仕事」を紹介してやると言われて、あの富という男についてこの劇場まで来てしまった。
そして、支配人から「美由紀の専属スタッフ」を言い渡される。
躊躇はしたものの、行くところも泊まる場所も無い状況を考えると、渡りに船、だった。
昨夜の美由紀とのやり取りは、今、考えても、まるで夢を見ていたように現実感が無い。
だが、それはそれでよかった。
結果として、美由紀が「これからも一緒に来ないか」とまで言ってきた。
その提案を、つい1時間ほどまえに、自らの意思で受諾したのである。
どうせ、行く当てもないのだし・・・。美由紀にそこまで言われるのは、嬉しいことでもあった。
それなのに、今、ここにいる自分は、何となく引き気味なのだ。
言われている仕事が難しいものだとは思わない。
多少は、精神的に辛い部分もあるが、それだって、慣れればなんとでもなりそうな気はする。
なのに、引いている、積極的になれない源次郎がいた。
そんなことをぼんやり考えていると、急に客席が騒がしくなった。
どうやら佐崎美由紀の登場らしい。
それまでも結構騒がしかったはずだが、それは気にならなかった。
だが、美由紀が踊るのであろう曲がかかると、源次郎はどこか緊張するのだ。
自分が舞台にでも上がるような錯覚がある。
場内のアナウンスが佐崎美由紀の登場を案内している。
観客がどよめき、口笛が飛び交う。
源次郎は、それほどまでに騒がれるストリップ嬢を知らなかった。
この劇場に来て、初めてポスターでその名前と顔を見たのだが、それでもその美由紀がこれほどまでに人気があるものだとは考えていなかった。
支配人にも、東京で出会ったのじゃないのか、とまで言われたが、東京にいる時にはそんな名前を耳にしたこともなかった。
第一、そんな人気者が出るような舞台は、やはり高い入場料となるから、源次郎などには手が出ない。
せいぜい、場末の入れ替え無しのストリップ小屋どまりが現実である。
全共闘の仲間にも、それなりの小遣いを持っている奴もいて、そうした連中は、どこどこに出ている何とかというストリップ嬢は、瞬間的にだと「前張り」を剥がして見せてくれるらしい、などと噂もし、わざわざ出かけていくのもいるようだったが、源次郎にはそこまでの執着は無かった。
生理上、どうしようもなくなったときに、駆け込み寺のように安い舞台を探して、その残像を頭の中に描いて自慰行為に耽るだけであった。
だから、ストリップ嬢にも、美由紀のように、その名前だけで客が呼べる人間がいることすら、知らなかったのである。
音楽が鳴り始めると、あれだけ騒がしかった場内が急激に静かになる。
誰もが息を殺して、美由紀の一挙一動をじっと見守っている。
節目節目に、溜息ともとれる空気が漂う。
「一度、美由紀さんの舞台を見ておくほうがいいのだろうか?」
源次郎は、たった1人でいる事務所の中で、ふとそう思った。
(つづく)
+注意+
・特に記載なき場合、掲載されている小説はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
・特に記載なき場合、掲載されている小説の著作権は作者にあります(一部作品除く)
・作者以外の方による小説の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。
この小説はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この小説はケータイ対応です。ケータイかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。
小説の読了時間は毎分500文字を読むと想定した場合の時間です。目安にして下さい。