第2話 夢は屯(たむろ)する (その100)
慌てるようにして、笠野がポケットからライターを取り出す。
源次郎の煙草に火をつけようと言うのである。
源次郎は、その動きを制した。
曲りなりにでも自分より年上である。
その笠野から煙草の火をつけてもらおうとは思わない源次郎なのだ。
第一、そんなことをしてくれなくとも・・・という思いがある。
笠野がこれだけ低姿勢で源次郎に接するのは、第一にビジネスである。
佐崎美由紀というストリップ嬢をなんとしてでも札幌の劇場に出させたい。
その思いが強いのだ。そのためにならば、何だってするだろう。
それに、支配人から、まるで源次郎が美由紀のヒモみたいな男で、自分の思い通りに美由紀を動かしている、とでも思われそうな情報を得ているから、なおさらである。
「この資料は、一応お預りしておきます。いつまでにお返事すれば良いですか?」
源次郎も役者である。ここは、それだけを伝えて、兎も角もお引取りを願いたいのである。
「はい、できれば、来週中にでもお願いできましたら・・・・・。」
笠野はそういって、また額の汗を拭く。
「・・・ところで、吉岡さん。」
また、笠野が椅子ごと源次郎に身を寄せてくる。
「今日は、これ以上お話しすることはありませんよ。この資料を見て、考えると言ってるんですから。」
源次郎は、そう言いながら、詰め寄られた分だけ、自分の椅子を引く。
距離を詰められたくないのだ。
「いえ、そのお話とはまた別なんですが・・・・、これから以降、吉岡さんがこうした窓口をご担当なさるのでしょうか?」
笠野はねちっこく訊いて来る。
だが、それは、こうした交渉を担当する人間にしたら至極当然のことを訊いているのだ。
仮に、そうだと答えようものなら、きっとこの笠野は東京の本社にもすぐに連絡を入れるだろう。
何しろ、マネージャーを持たない佐崎美由紀については、今まで非常に交渉がしにくかったようである。
それは、例え本人であっても、やはり女である。どうしても感情論が前に来る。
契約金や出演料などという金銭面だけで勝負できる男性マネージャーの方がどれだけ楽だか知れやしない。
そうした本音が見え隠れする質問である。
源次郎は、美由紀が自分にそうしたことを任せたいと本当に思っているとは考えていなかった。
だが、今は・・・・という程度なのだろうと思っている。
いわば、緊急避難的に、源次郎に凭れている。
それが何故なのかまでは分らないのだが、どう考えても暫定であることだけは疑わなかった。
「いえ、単純に、こうした資料などの取次ぎだけですよ。あくまでも、決められるのは美由紀さんなのですから。」
源次郎は、それだけを言って、後は、受け取った資料を鞄の中に入れる作業に専念した。
もう、お引取りください、という最後のサインである。
さすがにこうした交渉に慣れた笠野である。
これ以上追いすがることは、逆効果になると読んだようである。
「では、私も暫くはこの小樽におりますので、何かございましたらパシフィックホテルまでお電話をいただけましたら・・・・・」
笠野はそう言って、新たな自分の名刺に、そのホテルの電話番号を書いて、源次郎に渡す。
そして、深々と一礼をして、事務所を出て行った。
源次郎は、受け取った名刺を見ながら、ふと思った。
「パシフィックホテルと言えば、超一流じゃないか。・・・・そうか、そこに泊まっているんだ。」
今、自分達が泊まっているホテルと比べると、まさに月とすっぽんである。
改めて、相手の大きさを感じる源次郎だった。
(つづく)
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