桜の木の下、春の南風。
桜はその美しさのゆえに、人を狂わせると言う。古くからのただの言い伝え
だが、彼 女にとってそれはホラーで、ファンタジーだった。
桜は人を喰らい、それで美しさを保つ。まわりに人が居なくなれば、桜は散
ってしまうのだろう。
ある冬の日、彼女はいつものように桜の下へ行くと、小柄な老人が、枯れた
桜の根元 に座っているのを見た。彼女は、すぐに老人に駆け寄った。
「なにしてるんですか?」
老人は暫く小首を傾げて彼女輪見上げていたが、やがて穏やかに笑う。
「桜をね、見ているんじゃ」
「桜・・・。咲いて、ないですよ?」
「花じゃのうて。若いときの、思いでを見とるんじゃよ」
その日から、彼女は毎日、老人と話した。
生まれて初めて出来た、友人、とか言う奴だった。
ある日、老人は
「この、木の下で死にたいもんだ」
そういった。それから一週間後彼女が桜の下へ行くと、老人は、木の幹に背
中を預 け、眠っていた。
翌日も、その次の日も。
お嬢さん、名前はなんと言うのかね。
何度聞かれても、答えなかった。
答えたら、何かが終わるような気していた。しかし彼女が何もしなくても、
おわ ってしまった。
「私の、名前は」
振り返った彼女の後ろで、桜が一瞬にして、咲いて、散った。さくらは、
ーーーーちいさな、小さな少女の形をしていたさくらは、目を閉じた。
「おじいさん、もう一回」
言い切らないうちに、少女は風の中に身を隠した。
そこは、小高い丘の上。
桜の木が、たったの一本だけじっとたっている。
春一番が吹く。
少女の姿がぼんやりと現れ、かすかに揺れて、消えた。 |