それは夢か現実か……(23/26)縦書き表示RDF


それは夢か現実か……
作:朧月



其の二十三:真実の欠片


「助けて……。でも、私にはそんな資格はないわよね」

 哀はコナンの首を抱え上げ、強引に彼の着物に手を突っ込み、自分が刺した傷口を手探りで見つけた。そこを撫でると、コナンは顔を引きつらせ、苦悶の声を上げた。
 
「ごめんなさい、江戸川君。やっぱり私、どうしても……あなたに死なれたくない」

 彼女は止血すると同時に、刺傷部位に懐から取り出した薬を塗った。そして、彼の口の中にもまた、別の薬を含ませた。

「私には、あなたを助けてあげられないわ。……けど、せめてこの位は」

 呟いた彼女は、コナンの耳元に口を寄せる。

「江戸川君。ここはね、工藤の国の隣……工藤家とは親戚筋に当たる王族の治める国と隣接してるの。国民は友好的な筈よ。自力で逃げなさい。あなたが死んだら、彼女も助けられないでしょ?」

 それだけ囁いた彼女は、唇を噛み立ち上がった。じっと物恋しいものを見るようにコナンを見つめた彼女だが、袖から取り出した花飾りをコナンに握らせた。
 ぴくりと眉に力が入り、コナンは瞳を開けた。

「灰、原……? おめー、なん、で?」

 弱弱しく零れた声に、哀はふっと微笑み、立ち上がって一歩分後ろに退いた。

「気付け薬の効果があったようね。その花飾り、母の形見だった大切なものの片割れよ。必ず返して。いつか再会できた時に」
「な、に言って……んだ。今」
「私は、そろそろ行くわ。いい? 右方向に進んで。そして、生きて。いつか別れるとしても、そんなさよならは、ごめんだから」
「灰原……っ、待てよ」

 離れてゆく着物に手を伸ばされたが、掴ませてやる気など、彼女には全くなかった。もう一度微笑した彼女は、袖から出したもう一つの花飾りを、頭の左上部につけた。

「また会いましょう、江戸川君。その時は、今度こそ本当の気持ちで、あなたと」
「灰原!」

 もう一度だけ振り向き、哀しく微笑んだ彼女は、コナンに背中を向けた。
 歩いていく彼女の後姿は、今まで見たどの記憶よりも大人びて、決意と寂しさを纏っていた。揺れる茶髪を眺めながら、コナンは奥歯を噛み締め花飾りを力強く握った。

「く、そ……っ」

 そのまま、暫くは彼に起き上がれる力などなかった。それでも時間をかけて必死で身体を起こすコナンの拳に、力が篭る。

 もっと早く気づいてやるべきだった、と、どれだけ後悔しても、今更遅い。
 自分の世界にある常識に拘り過ぎて、一番根本にある彼女の真実を見逃していた。

「は、灰原。今は、おめーの言う通り生きるよ。……けど、回復したら、必ず、助けてやっから……」

 座っていた石に手をおき、歯を食いしばり、渾身の力を腕に込めた。傷口には鈍痛が走ったが、お構いなしに、よろめきながら立ち上がる。すぐそこに置かれていた自分の刀を手に取ると、杖代わりに重心を預けて、一歩二歩と進んだ。
 覚束ない足取りで、彼は哀の指した方向へと向かった。




 哀は、薄暗い廊下を歩いていた。左手で、頭につけた花飾りに触れ、尚進む。
 少し冷えた空気が、身体に吸い付くように纏わりついてくる。哀は目を細めながら、開けた戸の下に続く階段をゆっくりと降りて行った。
 下にたどり着いた哀は、俯きながら小さく息をついた。

「江戸川君、あなたはここを見たらなんて言うかしら」

 じめじめと湿った冷たい空気が充満している。牢屋の中には、手足を繋がれ身動きもとれない捕虜達がじっと哀を見つめていた。城内にこんな地下牢など、元はなかった筈だった。けれど、昔”あの日”を境にここは変わってしまった。

「あなたの世界とここは違うわ。お姉ちゃんだって」

 哀はまっすぐ歩を進めた。一番奥の牢には、特に厳重な鍵が施されている。
 牢への道を一歩踏み出した所で、立っていた二人の衛兵に鋭い眼光を向けられた。一人の衛兵は、嘲るように鼻で笑った後、哀に声をかける。

「お帰りか、お姫様」
「その言い方、やめてくれる? お母さんもお父さんも死んだ時から、私は姫でもなんでもないわ」
「今やあの方の最高傑作。堕ちたものですね」

 もう一人も嘲笑混じりに言うと、哀は鋭い目つきで彼を睨んだ。

「あなた達を絶対に許さないわ。私達の人生を滅茶苦茶にした……」

 ありったけの憎悪を込めた瞳を、彼女は男達二人に向けた。すると、二人の男はにやけた。

「おやぁ? 反抗ですかな、姫君様。一応私達は、あなたの命はとるなとは言われてますけど……」
「よいのだな? 他が、どうなっても」

 男の言葉に肩を震わせた哀は、目を見開いたまま俯いた。握った拳は、小刻みに震える。

「よくないわ……だから、ちゃんとあなた達に従っているじゃない。もういいでしょ? ここを通して」

 男達は顔を見合わせ、にやけ笑いを浮かべながら道を開けた。哀は俯き、唇を噛み締めたまま、震える足を一歩踏み出した。一番奥の牢まで、七〜八十メートル程であろうか。薄暗い中では、近くによらなければ何があるかなど判らない。
 哀はにじみ出る涙を拭った。そして、一つ深呼吸をして動揺を心に抑え込む。たどり着いた一番奥の牢に立ち止まると、奥で繋がれていた人物は顔を上げた。
 目が合うと、哀はゆっくりと微笑みかける。

「ただいま。私ちゃんと、無事に帰って来れたわ」

 小さな声で告げると、牢の中からも微笑が返される。
 哀は微笑を崩さず、僅かに目を細めながら、言葉を続けた。

「私ね、好きな人が出来たのよ」

 そう言って左手をあげ、花飾りに触れる。

「図々しい願い事押し付けてきちゃったけど、きっと彼が何とかしてくれるわ」

 哀はそう言って、精一杯の笑顔を浮かべた。

「おい、そろそろ時間だぞー!」
「……ええ、行くわ」

 先ほどの男の一人に、大声で呼ばれ、哀は明るく保っていた表情を一変させ、抑揚のない声で答えた。牢の中に一言別れを言って、彼女は踵を返し、元来た道へと歩いた。
 道中、彼に凶刃を向けた手を、彼女はきつく握った。コナンを刺した時の嫌な感触が、ほんの短い間に何度よみがえった事だろうか。胸が裂けそうになる嫌な感情の渦は、恐らく一生忘れられない。

 ただ、彼が無事であればいいと願う気持ちだけが、彼女の心を支配していた。





 刀を杖代わりにして、地面に突き刺しながら、どの位進んだろうか。コナンが吐く息は、段々と荒く変わってきていた。更に、一歩進むごとに刀にかける重心は増え、腹部を押さえる手には変な力が篭り、数歩手前より猫背になっていた。
 ようやく、町の影にまで到達したところだが、そろそろ限界だ。霞み揺れる視界に、自然と足はもつれた。倒れてはいけないという事だけ頭にあった。倒れた途端、恐らくもう二度と立ち上がる事が出来ない。
 しかし、もう立っている事自体が限界だった。ほんの一瞬、クラッとして意識が遠のいただけで、バランスが崩れた。身体がよろけ、倒れかけたその時、視界に人の姿が映る。

「あ……」

 助けを求めようと手を伸ばしたが、そのまま支えられていた柄から手が外れ、身体は地面に落ちた。その衝撃に、コナンの表情が歪む。
 目を細めたせいで狭まった視界に映る彼は、コナンが倒れたのと同時に振り向いた。はっとして、駆け寄ってくる姿を霞む視界に映しながらも、コナンはゆっくりと目を閉じた。

「お、おい!? 大丈夫か?」

 抱き上げられた事だけは、感覚で判った。霞んだ目で見た為、顔もはっきりしなかったが、声が若い事は判った。しかし、再度瞼を持ち上げる事は出来ずに、力の入らない身体は、されるがまま、その腕に従った。
 少年の顔を見た途端、彼は目を丸くし、息をのんだ。

「似てる。オレ……いや、工藤家の縁者か。身なりも武家の子のようだしな。に、しても」

 彼は、コナンの腹部に目をやった。着物には血が滲み、すぐ横の地面に突き刺さった脇差の刃先にも、まだ新しい血の痕が残っている。

「こんな幼子に、一体誰が……」

 呟いた彼は、一先ずコナンを抱き上げ、大きく建つ城の方角へと走っていった。

「待ってろよ。今、助けてやるからな」

 腕に全体重を預けたまま横たわるコナンを励ましながら、彼は只管道を走った。




 抱きかかえられながら眠るコナンは、”夢”を見ていた。
 そこには、今や遠く離れた現し世があった。





☆作者より。

どうもこんばんは! 二十三話。ついに哀ちゃんの隠された裏を一部公開(笑)
てか、あれだけ伏線ですよーって書き方したら、判ってたと思うけどね。

ここに出た一つ一つが、『異世界哀ちゃん』を構成する、最も重要な部分です。
そして、コニャはついに力尽き……”誰か”に抱えあげられて、どこぞかに。

ああ、本当に「やっとここまで来たよ」です。なんか、ここニ〜三話あたり、ずっと同じこと言ってる気もしますが(^_^;

これだけ順調に進んでるの、書き始め以来だよね。今はなんだか、Meetsの方と平行して、あちらの感想にもテンションもらって書けてる状態です。反応かえってくるの大好き! ありがとうございますーv
だから、ペース崩さないで行きたい。何か予定がある時以外は。

というわけで、今回もありがとうございました。
次話でもまたどうぞお楽しみいただけますように。











ケータイ表示 | 小説情報 | 小説評価/感想 | 縦書き表示 | TXTファイル | トラックバック(0) | 作者紹介ページ


小説の責任/著作権は特に記載のない場合は作者にあります。
作者の許可なく小説を無断転載することは法律で堅く禁じられています。




BACK | TOP | NEXT


小説家になろう