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悪役令嬢と、その後

作者:北村
乙女ゲーム転生といふものを、私は、した。


前世の記憶があるからこそ、そうわかるわけだが。
今の私の名前はローズマリー・ジャンヌ・ヴォワール。
ヴォワール王国の第一王女である。
三歳の時にローズマリーは不慮の事故(とされているが事実は不明)で池に落ちた。
その時に思い出したと言うか、なんというか。
後に考えるに、本来のローズマリーの魂はそこで死んだが、体が死を迎える前に私の魂が入ったのではないかと思う。
私には生まれた記憶もなく、急に三歳だからね。
記憶も他人のものみたいな感じだったし。

だから正確に言うと転生ではないのではないかと思うが、結局の所前世の私の体は死んでいるようなので転生みたいなものだ。
中身は別人だからローズマリーの家族や周囲には申し訳ないとは思うが私がいなければローズマリーの体も死んでしまうし、私は死にたくないので仕方ないと割り切るしかない。
罪悪感はないわけではないけれど私にはどうしようもないことだしね。
だってローズマリーの体を解放するには私が死ぬしかない=自殺。
即ちローズマリーが死ぬしかないのだから。
三歳児だったがゆえに性格の変動というものは悟られなかった。物心つく前だから当たり前だ。
意識を取り戻した当初はかなり挙動不審だったが、それも生死の境を彷徨ったが故だと皆好意的に解釈してくれたのもありがたかった。

挙動不審だったのは単純にこの世界が私の知る世界ではなかったからだ。
科学が発達している21世紀の日本から剣と魔法のファンタジー世界に知らないうちに移籍なんてビビるに決まっている。
まぁゲーム脳が幸いしたか馴染むのは早かった。
最初は日本に帰りたいと思ってたけど、よくよく思い出してみれば事故に遭った事も思い出してどうにもならんと諦めたのもあるけどね。

そんなわけでまずは魔法、と必死な程の学習意欲で学んださ。
王女らしく礼儀作法やら何やら他の学問も習わされたけど、王族の義務だと思ってそっちもがんばった。のんべんだらりとしていて革命フラグでも立ったらシャレにならんし。
ここが乙女ゲームだと気づいたのは7歳の時だ。遅いと思うなかれ。習い事で忙しいお子さんだったんだよ。

12歳から18歳まで通う学校があると知り、その名前を聞いて思い出した、というか気づいた。
このゲームの名前は『君と夢を~エターナルロマンス~』と言う、非常にベタで王道な乙女ゲームだ。
剣と魔法のファンタジーな世界の学校を舞台に繰り広げられるラブロマンスである。
そしてローズマリー、ていうか私は王道ラブロマンスにおける王道のライバルキャラだ。
詳しい背景は知らんが王族特権を嵩に来てヒロインをいじめ、攻略対象たる婚約者に愛を押し付けうざがられ最終的には王族籍剥奪の末に戒律の厳しい修道院に入れられる。もしくは死、だったかなぁ。

怒涛のように思い出した時、私は歓喜した。真剣に私の時代が来た、と思ったね。
なぜそう思ったか。別にヒロインをいじめたい訳でも当時既にいた婚約者を好いていたわけでもない。
理由を説明する前に、なぜ私がこのゲームをしたのか、という説明が必要になる。
前世で私がプレイした乙女ゲームはこの『君と夢を~エターナルロマンス~』のみである。
本来私は乙女ゲープレイヤーではない。基本的にはアクションゲーとRPG派の私であったが、当時ふと見たネットの記事に『君と夢を~エターナルロマンス~』が載っていたのだ。
乙女ゲーに興味がなかった私はさらっと見た。読みもせずに見ただけだった。
が、私の目はある単語を見逃さなかった。
『君と夢を~エターナルロマンス~』の主人公は学校で学ぶ際、伸ばしたパラメータによって目指すジョブを選べるようになっていた。
筋力を伸ばすと女騎士、学力を伸ばすと秘書、みたいに。その中で魔力を伸ばすと選べるジョブが魔法使い、もしくは死霊使いだったのだ。
何故そんな選択肢だったのかなどは知らない。
私は『君と夢を~エターナルロマンス~』を買った。
誰ともラブエンドを向かえなければジョブエンドと言うかノーマルエンドになるわけだが、まぁ、乙女ゲームに期待した私がバカだったよなと思うエンディングであった。これは決して乙女ゲームをディスっているわけではない。
乙女ゲームにリアルな死霊使いを求めるのが間違っているのだ。

つまり。ここまででわかって頂けたかと思うが、私は死霊使いに並々ならぬ思い入れがある。
別に知り合いにいたとか死んでしまった憧れの人がそうだったとかそんなロマンティックな理由はない。
私は単に死体が好きなのだ。諸君、私は死体が好きだ。
と少佐ぶって演説かましたいくらいには好きだ。無論骨も好きだ。
しかし平成日本でそんな事を言えるはずもなく。
漫画の死体愛好家や外国のシリアルキラーみたいに死体を量産なんて犯罪は犯せるはずもなく、ひっそりとアングラサイトを回り眺めてはニヤニヤするだけの至って平凡で他愛ない死体愛好家だった。
そんな私が死霊使いの存在する剣と魔法のファンタジー世界に転生。したのだ。
私が歓喜した理由が共感は出来なくともわかって頂けたかと思う。
しかもこの世界では死は身近なものだ。我がヴォワール王国も近隣国と戦争しているし、モンスターも出るし医療技術が未発達な為に病気での死亡率も高い。
死霊使いはアンデッド系モンスターを使役する事も出来るが、肉体が残っている人に限り既に死んでしまった人を使役する事も出来る。
無論死んでしまった故人を使役する事は疎ましがられるが戦死者に数えなくていい戦力として重宝されてもいる。
これはもうなるしかないと思ったね。
七歳以降、元々高かったさすがライバルキャラのローズマリーの魔力で有り余る魔力を注ぎ最高の死霊使いになるべく私は邁進したのだ。
王族は有事の際には将として軍を率いなくてはならないが故に、私は死霊使いになる事は感情的には反対されたが実情的には看過された。
しかも死霊使いは故人だけではなくアンデッド系のモンスターも従える事が出来るのだ。
ゾンビやスケルトン、スペクターやデュラハン、リッチやヴァンパイアも使役出来る。
オカルト好きな死体愛好家としては夢のような環境である。

しかし好きな事だけをやっていられるわけがないのが人生である。
元々死霊使いはかなり難易度の高いジョブであるし、(基本的な魔法は全部納めなければならない)
幾ら死霊が強くても接近戦で術者がやられたら意味がないので近接戦闘の訓練もしたし、
王族としてパッパラパーではあかんので勉強にも力を入れた。
めっちゃ頑張ったよ。幸いな事にローズマリーのポテンシャルもあったしこの世界の学問は平成日本よりは水準が低かったから助かった。
見た目も気を抜かなかった。せっかく美人に生まれた(?)んだし、なにより陰気なブスの死霊使いってシャレにならない。
だから健康と美容にも気を使った。どんな髪型だろうがドレスだろうが前世の私だったら「こんなん似合うわけねーだろうが!」とか「服に対する冒涜だ!」とか思ってもローズマリーは美人なのである。
自分だと言う意識も薄かったのでどんな華やかな装いも出来た。

そんな感じで私は私の道を邁進していて、この世界が乙女ゲームの世界(もしくは類似する世界)だと言うことをすっかり忘れていたわけである。が。ががが。



「この人が私のこと……」


なぜ校舎裏で何人もの男子生徒に囲まれた一人の女子に涙ながらに睨まれているのだろうか?








涙を浮かべている可愛らしい女生徒。
彼女を囲む男子生徒達。
なんぞその逆ハーレム。
これが乙女ゲームなのか?

ちなみにゲームでは私は誰とも好感度を上げず魔力爆上げして死霊使いエンドに到達したので、キャラシナリオには全く詳しくはない。
共通と思しきシナリオも基本スキップしてたしな……製作陣には悪い事をした。
製作陣がその腹いせにこの世界に転生?した訳ではないだろうが、状況が全くわからない。
ローズマリーはライバルキャラだから、こういうシーンもあったんだろうか。今更気付いたよ。
ノーマルエンドでもローズマリーはしゃしゃって来たから彼女自体は知っているが他のキャラ……攻略対象が誰だかも覚えてないし、何度見ても泣いている女子生徒には覚えがない。
ヒロインのキャラ絵があったのかどうかすら曖昧だ。
しかし状況的には中心にいる女子生徒がヒロインで、周囲の見知った男子生徒が攻略対象……なのか?
髪ピンクだし、やっぱヒロインなのかな……あ、兄がいた。奥にいたから気付かなかった。
どうしたものかと首を傾げていると、兄が私を睨み付けながら口を開いた。

「……なんだその顔は。お前には恥を知るという概念はないのか」

抑えている怒りが伝わる、底冷えするほど冷たい声である。兄弟とは言えここ二年程は殆ど会っていないが実の妹に対してなんという言い草。
兄セルスロイド・ホーク・ヴォワールはローズマリーと血のつながりを感じさせる吊目の美形なので、そんな美形に冷たい目をされるとどこかの業界ではご褒美扱いされそうだ。

「そう言った概念はありますが、いまいち状況が把握出来ませんもので」
「自分がやったこともわかんねーのかよ!どんだけ性格悪いんだよ!」

そう言ってまた首を傾げると、今度は一番手前にいた男子生徒ががなる。彼は確か平民の商家出身ながら剣筋が良いと噂のコンラット・バルだった筈。
幼さを残す顔だが、可愛い少年からかっこいい青年になる途中みたいなアンバランスさが魅力的、とかいう噂もあった、ような。

「悪いと思ってない、と言う事ですかね。それともご自分の状況を本当に理解なさっていないのなら、その知能を疑いますよ」

眼鏡の男子生徒が吐き捨てるような口調で言った。彼はワイス・シトロン。高名な学者を何人も輩出している事で有名なシトロン伯爵家の次男だ。
性格はクールで慇懃無礼。彼に告白して手酷く断られた女子の逸話は枚挙に暇がない。社交界でもクールガイとして有名である。ちなみに眼鏡だけあって頭は良い。

「ほんと、サイテー」
「サイテー女が権力持っちゃダメだよねー」

可愛らしい顔で毒を吐く、顔も背丈もそっくりな二人は双子のモールス・エディンソンとキールス・エディントンだろう。エディントン辺境伯の長男と次男、だったか。この双子は可愛らしい顔だが片割れ以外には冷たいと学校内でも有名だ。

「お前みたいなのが婚約者だなんて、吐き気がする」

そして私の婚約者たるマイルス・シェバーソン。王国内でも力のあるシェバーソン侯爵家の長男で、王女が降嫁するには丁度よい家柄と力関係だと言うことで私の婚約者になった男である。欠席不可避な夜会などではパートナーとして出ていたので、他の人間に比べると良く知っている。整った顔とまんべんない気配りの出来る男で、兄と二人でかなりモテると聞いた事がある。そういえばここ一年ほどはあまり会話しなくなっていた。気がする。

確かに彼らは学校内でも有名人だし社交界でも名が売れているので知っているし、ゲームのライバルキャラたる私の婚約者までいるからには、恐らくやはり守るように囲まれている女子生徒がヒロインなのだろう。
しかして私には彼女や彼らから敵意を向けられる謂れもなければ覚えもない。
ただしかし、ここで架空の罪状を聞くのはかなり面倒くさい。

「……何だか良くわかりませんが、何か仰りたいなら文書にして下さる?」
「っ貴様!!」

私の言葉にわっとピンク髪の女子生徒が泣きだす。同時に兄の怒号が飛んだ。
私が呆れたように肩を竦めると、コンラット・バルが一歩踏み出し、ワイス・シトロンがその肩を掴んで抑えた。

「私には心当たりも覚えもない事で敵意を向けられるのは心外ですが、本当にわからないのですわ。そちらのお嬢さんが誰かもわかりませんし」

紹介もないんだからわからなくても当たり前だ。

「度し難い慮外者め!どこまで卑しい存在に成り下がるんだ!」

だというのに私を糾弾し続ける兄。
他の男子生徒も憎しみの視線を送ってくる。めんどくせえなぁ。早く帰りたい。
早く帰って私の死霊ちゃん達とキャッキャウフフしたい。
知らないうちに他人の気分を害する、って言うのは往々にしてあることだと思う。
私は王族とは言えまだ学生の身だ。それを指摘されれば謝る事は無論当然だと思う。
だが、ここまで糾弾されるほどの事柄の場合全く気付かない筈がない。
私は学校で孤立している訳ではないし、王族とは言え間違った事を指摘してくれる教師も友達も侍女もいる。
正しい死霊使いとして導いてくれる師もいる。
彼らが全く指摘しないと言うことは、つまり取るに足らない出来事である筈だ。
まぁ、私や私の周囲にとって取るに足らないと思っても相手にとってはそうではない、ということもありうるけれども。
だからといってこんな一対多数で責められるような事をしでかした覚えはない。
特に兄、婚約者。彼らが激高するような内容であれば、我が父母の耳に入るはずでもある。
しかし父母からは何も言われていないので、やはり大した事でははいのだと思う。

「訳がわかりませんし、この場で説明を聞くのも馬鹿馬鹿しい気がします。訴えたい事がおありならやはり文書でお願いします」

全員を見据えながらそう言うと、彼らの怒気が膨れ上がるのがわかった。わけわかんないっつーの。

「それではごきげんよう」
「逃げるのか?!」

踵を返す私に投げ付けられる声も怒りに満ちている。三十六計逃げるにしかず、である。
反応しない私の背中に次に投げられたのは――魔法だった。
ドォン、と派手な爆裂音がして、耳がキーンとなる。
おいおい、私は常時魔法防御の結界を張っている(補助具使ってだけど)からいいものの、なかったら大怪我じゃすまねーぞこれ!

「「死ね!死んじゃえ!」」

何発も打ち込まれて断続的に爆音が響く。合間に聞こえたのは双子の声だろうか。
無邪気そうな声とは裏腹に、確実に殺しにきている。
まじこれふざけんなよ。バカだとかやめろとかって声も聞こえなくはない。が。

「……王族に攻撃を加えましたね。王族典範第四十三条に則り、私は反撃を認められる。あなた方は私と敵対したと見做します」

砲撃が止み、防御結界や私の足元が土煙を上げる中、私は奴等に正面を向いてそう宣言する。
平均的に魔力が多い王族は有事の際以外は人を攻撃してはならないとされている。
だが、私の言った王族典範第四十三条には攻撃を加えられた場合反撃が可能と記されている。
王族が攻撃された場合、その瞬間から有事なのだ。

「我が影に潜む者どもよ出でい!」

ブチ切れた私が叫ぶと、影が波立ちずるりと魔力が抜ける感覚がする。
そしてほの暗い影が周囲に立ち込め始め――我が死霊の軍団が現れる。
私の横にはヴァンパイア、スペクター、リッチ達が並び、後ろにはゾンビやスケルトン、ゴーストにデュラハン達が校舎裏を埋め尽くすようにそぞろ立つ。
今喚んだのは総数にして150ちょいだ。それ以上は校舎裏からはみ出る。


『『『『『『『『ご命令を、マスター』』』』』』』

この世のものではない声が幾つも重なり、それこそ体の芯から冷えそうな重く低い倍音になる。
見れば奴等は全員蒼白な顔だ。さっきまで笑いながら私を殺そうとしていた双子も見るからに震えている。
ざまぁ。

「さすがにお兄様は無傷にしておかなくてはね」

殺さずボコっても父母に叱られるだろう。あれでも一応第一王子だし。

「蹂躙せよ」

そこからはもう、一方的だった。






「折角なので、私が何をしたか聞いて差し上げてよ」

私の両脇にはまだヴァンパイアとリッチがいる。
目の前にいる兄以外は半死人みたいな様相だ。
それぞれが連携し立ち向かう事が出来たら少しは反撃出来たろうに、恐怖で身が竦んだ彼らはゾンビにしこたま殴られたのだ。
無論毒や麻痺といった状態異常は付与していない。強いてあげるなら恐怖状態か。
ゾンビ以外は牽制に出しただけだし、手加減はさせたから殴られただけで内臓破裂も骨折もしていないはずなのだが、誰も口を開こうとはしない。
ヒッヒ、と引きつるような笑い声を上げたのはリッチだった。

『姫様、それはあんまり無情と言うもの。小童どもには酷な事じゃ』

黒い襤褸切れみたいなフードの下から見えるのは薄汚れた頭蓋骨そのもの。古臭い杖を握る手も骨だ。真っ黒ながらんどうの眼窩ではあるが、楽しそうな気配はわかる。

「…エディ、あんたの笑い声で余計に怯えたわよ」

リッチのエディが笑うと顎の骨がぶつかり合ってカタカタと鳴る。
笑い声は独特で音が抜けるようにシャシャシャだったりヒヒヒだったり。
骨の音も相まって慣れないとさぞかし恐ろしいだろう。私は大好きだけど。

『ああ、怖や怖や。子供であっても女は怖いのう』

反対側から聞こえた声に、そちらを睨み付けるとヴァンパイアのフランドルが笑っていた。
見た目は20代の背が高く美しい青年だが、実際は余裕で300歳を越えるハイクラス・モンスターである。
その気になれば目の前の子供など手を振るだけで八つ裂きに出来るだろう。

『姫の事ではないよ、マイ・ロード』
「どういう事?」

緩く首を傾げるとフランドルは真っ白な頬を笑みで歪ませた。
それを問い質す前に私の腰に撒きついた、冷たい腕。

『その娘はあなたを貶めて己の地位を磐石にしたかったのさ』

笑みを含んだ声が頭の上から聞こえる。
振り返り見上げれば、そこにあるのは絶世の美貌。
生気を感じさせない蒼白な肌も、悪徳を塗りこめたような赤い唇も彼の美貌を損なう事はない。
美しい。けれど、見るからに生きていない青年。

「グノーシス」

呼べば、彼は美しい相貌に笑みを浮かべた。鋭い犬歯がうっすらと覗く。

『この世界を盤上と同じに考え、実行する。愚かな考えだが、哀れな事にこの娘には力があった。ここまで舞台を作る事に成功したのが彼娘の悲劇と言えよう』

まるで舞台役者のようにそう語るグノーシスの目は赤く、うっすらと光を帯びている。

「――読んだのね」

兄や婚約者その他に囲まれていた少女はゾンビにボコられて満身創痍な上に目が虚ろであったのだが、グノーシスの赤目が光を失うと同時に力を取り戻す。
ヴァンパイアは精神干渉が得意だ。
元々人間の精神に干渉して血を吸うのだから得意なのは当然だが、上位種ともなると格が違ってくる。
人間の思考を暴き、記憶すら読み、精神を崩壊させることすら可能になるのだ。
彼らの前では言葉や意思など無意味である。

『美しく孤高な姫。力があり悠然とした姫。あなたが賛辞と憧憬を集める事を、この娘は良しとはしなかった』

冷たい指先が私の髪をさらりと撫でる。
グノーシスの言葉は詐欺広告のようで一言申したいが今はそれどころではない。

「……彼女のゲームの中では、私は貶められる存在であった、から?」
『あなたは己の踏み台であるべきだ、と言うのが彼女の持論さ。それこそ、虚構を塗り固めてもそうするべきだと』

グノーシスが喉を笑いで揺らす。はっきりした音にまではならないけれど、愉快そうに笑っているのがわかる。
詳しくは聞いていないが、私は彼女に危害を加えていないと言える。それは確かだ。
私は彼女を見る。怯えた表情ではあるが、その目は揺らいでいる。何故やどうして、だとか不満や不平が揺れている。
そしてその根底に見えるもの――グノーシスが好むもの。
恐怖。
多分、彼女は私と同じように前世の記憶があるのだろう。
でなければこんな展開にはならない。

憶測ではあるけれど彼女はこのゲームの記憶を持って生まれ変わった。
いつからヒロインとして動いていたのかは知らないが、乙女ゲームのヒロインである自分とシナリオ進行で多分没落する私は、彼女の中で天と地ほどにも違うだろう。
この世界は己の為の世界で、すべての事柄は己を中心に沿って進むべきであり、差異は認められない。
傲慢な考え方だが、わからなくはない。だって、もし。違っていたら。
シナリオと違えてに動いたら。
シナリオを違えて、バグが発生したら。
自分はどうなってしまうのか?

ゲームならばバグった時、リセットするだろう。
セーブした所から再スタートすればいい。
けれどこの世界がリセットされたら?
リセット――即ち死だ。はたまた世界の崩壊か?
そうでない確証はない。

私は幾度もそう思った。恐ろしくて何度も震えて泣いたし、ゲームシナリオ通りに動くべきか悩んだ。
彼女もそう考えたのかもしれないが、決定的に私と彼女は違った。
私は私を優先したのだ。
その先に待つのが理不尽な死だとしても――消されるとしても、崩壊するとしても、私は己の道を進みたい。
誰かの掌の上でそれこそ他人の幸せの為の踏み台になって無残な死など迎えるのはごめんだと思ったのだ。
だったらいっそ皆巻き込んでやるという、いっそ破滅願望に近いものだ。
それは誉められるべき事柄ではない。

「……あなたが何を思い、何を考えたのかは知らないわ」

びくり、と彼女が震える。周囲の男たちは既に彼女をかばう事すらしない。無傷な兄ですら、そうしない。
彼女のピンク色の目からぼろぼろと涙が落ちるけれど、彼女はそれに気付いていないようだった。

「……っ、だ、だって……っ!わ、私、消えたくっないっ!死にたくない……っ」

そうね、と私は吐息と共に声を吐いた。

「もう、もう死にたくない!死にたくないの……っ!」

叫ぶような声。
ああ。と思った。
納得した。
彼女は恐らく、私と同じように前世での死の瞬間を覚えているのだ。
私も覚えているがあの瞬間の心地というのは二度と味わいたくない。
あの諦観、悔恨、痛み、――絶望。
私は彼女の死に際は知らない。
彼女にとっては今の人生をも縛る程のものなのだろう。

「――私は後悔をしない道を選んだに過ぎないわ」

彼女はもう意味のある声を出さなかった。
ひぃい、と引きつった声を上げて、大声で泣き出した。
グノーシスの密かな笑い声が耳に残る中、私はスケルトン達に頼んで密かに全員を連行した。




五日後。
様々な雑事を終えて、私は校舎裏で見合った七人と対峙した。
場所は無論校舎裏ではなく王宮の一室だ。
それぞれ魔力封じや行動制限の付いた手枷を嵌めたまま、兄ですら立っている。
各々憔悴しているようだが身形は清潔に保たれていて、怪我の一つもない。
ゾンビにボコられた怪我はその日の内に王宮治癒師に治してもらった。
私は一人ソファに座り、七人を見渡して声を出す。

「さて、この五日間で色々考えた事とは思いますが」

びくり、と体を震わせるもの、身じろぎもしないもの。
ピンク色の髪の彼女は俯いたままだ。顔色すら伺えない。

「今回の件、何が悪かったのか理解していますか?」

私の声に皆更に顔を伏せた。
伏せてなお顔を背ける者もいる。

「……理解、している」

言ったのは兄だった。
視線は相変わらず逸らされているが、私は頷いた。

「この事に関しては皆様から意思確認を明確にして頂いているので、私から重ねて言う事はありません」

召集される前に全員己の罪を認めたのだ。
何が悪かったのか。何故このような状況に陥っているのか。
査問官が五日間毎日意思確認をして、全員理解したので今回の召集と相成ったとも言える。
無論彼らにはこちらから渡す情報は瑣末なもので、私の冤罪などに対する証拠等で、あとはそれぞれの裁量に任せている。
最も私への冤罪については私から言う事はないし弁解する気もない。無論弁解を聞く気もない。

「国王陛下からあなた方の処分を言い付かって参りましたので、発表しますね」

今度は全員が体を震わせた。
この五日間、査問官以外誰とも面会を許さず個別に監禁していた末なので当然かもしれない。
兄ですら父たる陛下とは会っていない。

「まず、セルスロイド・ホーク・ヴォワール」

敬称も付けず呼ぶと冴えない顔色の兄が私を見た。

「王位継承権第一位は剥奪となります。この宣言以降、あなたは第二位となります」

兄が目を剥いた。

「…なんだ、とっ……」
「あなたの降格に従い、同じくこの宣言を以って私、ローズマリー・ジャンヌ・ヴォワールが継承権第一位を戴きます。瑕疵がなければ来年学園の卒業を持って私は王太子宣下を賜る事になります」
「……っ!」

私の台詞に兄は唇を噛み締めた。
この国は基本的に男系相続である。だが、嫡子がいない、嫡子である男子に問題があればその限りではない。
本来兄は今年での卒業を以って王太子宣下を賜る筈だった。
頭の冷えた兄は、それを思い出し瑕疵がなければとわざわざ言った意味を理解したのだろう。

「次にコンラッド・バル。ワイス・シトロン。モールス・エディントン。キールス・エディントン。マイルス・ジェバーソン」

びくっとまた彼らの体が震えた。
私を見るもの、見ないもの。これで先が見える気はするが、今言うべきではないだろう。

「今名を挙げた五名も嫡子から降格となります。同時に現在の婚約は破棄となり、一部を除いて彼女達はあなた方の弟、もしくは兄、もしくは従兄弟の婚約者となります」

そんな、だとか、声にならない悲鳴だとかは耳に入っても気になる程度ではない。
それぞれ高位貴族やいい所の子の為元より皆政略的な婚約だ。それが他の人間に移ったとなれば廃嫡と等しい。
今後は彼女達の意思も反映されるかもしれないけれど、今はその情報は必要ないだろう。
特に蒼白な顔色になったのは我が婚約者だ。

「マイルス・シェバーソン。私とあなたの婚約は今この時を以って破棄されます。弟君にも移行しません。これはシェバーソン侯爵も認めています」

王女との婚約が弟にも移行しないと言う事は、事実上の王家との決別である。
彼はシェバーソン侯爵家にとって全くの不利益を齎した事になる。
その叱責は如何ばかりか――などと、私が考えても仕方がない。
まぁ、マイルスでなくとも皆嫡子としていいように育てられていたから、可哀想と言えば可哀想だ。
この年で放り投げられどうしたらいいかわからなくなってもおかしくはない。

「しかし、マイルスについては私はこの場で謝罪を申し上げます」

えっ、と声を上げたのはコンラッド・バルだった。
その声を無視するように私は立ち上がり、マイルスに頭を下げる。

「婚約者として、あなたをもっと気遣っていれば良かった、と今更思わない訳ではありません。私はあまりに無関心でした。その点においては謝罪致します」
「…………わ、たしも、同じようなもの、だった、から――あ、なたが、謝る事ではない。むしろ、私の方が謝るべきだ。すまなかった」

マイルスも頭を下げた気配がした。
私はマイルスについて全く無関心だった。
だからこそ付け込まれたのかもしれないが、そうではないかもしれない。
だが結果が全てだ。

「私はローズマリーの謝罪を受け入れる」
「私もマイルスの謝罪を受け入れます」

顔を上げた先のマイルスは泣きそうな顔をしていた。
元よりマイルスは素直な性質だった。それを知っている。
そして、泣きそうな顔がわかる程――十年位婚約期間があったのに、全く彼を知らないと思って心のどこかが痛む。
けれど今はその痛みに浸っている場合ではない。
ソファに座り、一息吐いて。

「では最後に、マリア・シュトレイン」

あの場では誰も口にする事のなかった、彼女の名前だ。
今回調べてわかったけれど、彼女はシュトレイン男爵家の娘だった。
元々庶子であったのがシュトレイン家の継嗣が病死した後引き取られたと言う経緯で、何があったのかは知らないが、彼女は学園でその才能を開花させた。
愛らしい容姿に頑張りやで素直な愛らしい性格。
まさに乙女ゲームの主人公に相応しい。
しかし今体を震わせた彼女の顔は酷い。この場にいる誰よりも酷いだろう。
隈も酷く目は落ち窪んで、目に見えてやつれていてピンク色の髪も艶がなく、肌も荒れている。

「王家への謀反の疑いや後の繋がりは全くないと調査で裏付けが取れました。ですが、あなたはシュトレイン家の相続放棄、且つ私の傍付きとなります」

十四もの瞳が私を見るが、そんな事ではうろたえるはずもない。
私はマリア・シュトレインから視線を外さずに言葉を続ける。

「在校中は内密に、となりますが、卒業後は我が手足として働いてもらいます」

マリア嬢のピンク色の瞳が私を見た。呆然としていると誰の目にもわかる姿。
周りの六人も同じようなものだ。私は意図して微笑む。

「学園でも優秀と名高い彼らを手玉に取り、私を糾弾しようとする手管。利用しない手はありません」

兄がハッとし、また唇を噛む。様々な感情が渦巻いているようだが、私が言いたい事を理解したのだろう。
さすが腐っても元王位継承権第一位。
しかし当の本人が理解しないのではどうしようもない。

「セルスロイド・ホーク・ヴォワール、コンラッド・バル、ワイス・シトロン、モールス・エディントン、キールス・エディントン、マイルス・ジェバーソン。成績、素行共に優秀な彼らよりあなたは上です。勿論、成績や素行などではありません。それでは図れない所にあなたの力はあり、利用価値がある」

名を羅列したのはわざとだ。
きちんとした教育を受けた彼らが、他人を出し抜く手管さえ覚えているこなれた彼らが囲われた、その意味、その影響力。
次に理解したのはワイス・シトロンだったようだ。
蒼白だった顔色が赤くなっていくのは羞恥の為か。

「政治とは人間関係です。この六人を操れるあなたの素質を埋もれさせるにはあまりに惜しい」

マリア嬢のピンク色の目が潤んで行く。
零れる涙は何を思うものか。

「手助けはしません。その才覚を見せなさい。そうすればあなたの破滅は私が見届けましょう。――その上で私の、このゲームの破滅は、あなたが見届けなさい」

私は彼女に一対一で話すつもりはない。
死の恐怖に囚われている彼女を開放するだけの説得力など私にはないし、私を失脚させようとした彼女に今現在そこまでの敬意は払えないからだ。
ゲームの中のローズマリーの末路は殆ど知らない。
だが、彼女は恐らく知っている。私の末路を知っていてそれを実行したのだ。
その手管、覚悟。
死にたくない一心だとしても、そればかりは賞賛に値する。

そもそも私は私のやりたい事をやっているに過ぎない。
もしリセットがかかった時、私の死ではなく世界の崩壊だったとしたら、と思わない事はない。
けれど、やはり私は私を優先する。
リセットのその瞬間にこの世のすべてにふざけるな、と思うだろう。
我の強さだけは前世からの筋金入りだ。
だから、引きずり込む事にした。
彼女が諾と言えば私は彼女のリセットを――もしかした同時にかもしれないけれど――見届ける。
私にはその覚悟がある。正しく言えば、この五日間で、した。
だから、お前も見届けろ。
わかっている。傲慢な意思だ。

だけど――一人より、二人の方がいいとは、いかな私だって思うのだ。
それを理解して欲しい。
そう思うのもまた、私のエゴである。

呆然としていたピンク色の瞳が、瞬きの度に光を取り戻す。
それに見入る私の前で、彼女は崩れるように跪いた。

「……ローズマリー・ジャンヌ・ヴォワール王女殿下、私はあなたに生涯の忠誠を誓います」
「裏切っても構わないわ。私は常に、あなたの上に立ち続けるから」

それが私の、死を知る人物への誠意だ。
マリア嬢は顔を上げて笑った。
その顔はやつれているが、愛らしい。

「では裏切るその時まで、殿下に忠誠を」
「ええ、受けましょう。あなたの忠誠はグノーシスにも問うまいと私も誓います」

名を呼んだ為か勝手に出てきたグノーシスは、恐らくこの会話を聞いていた。
その上で彼は面白そうに笑っている。
文句を言わないと言う事は私の言葉に否やはないのだろう。

「ではこの時を以ってあなた方は釈放となります」

私の声に合わせてぱちん、とグノーシスが指を鳴らす。
同時に彼らの手首を覆っていた手枷が一斉に外れ、音を鳴らして落ちる。

「……さて。きちんと牙を剥いてきて下さいね?」

こんなものは無論挑発だ。
この場で彼等はマリア嬢よりも無能だと下された事。
それは確実に恥辱であろう。
けれど私の言った意味――それぞれ嫡子からは降格される、との意味を。
それは実質上はそうであっても、完璧な廃嫡ではないと言う事を。
他家に養子に出るでもなく、家名は名乗れるのだ。
しばらくは醜聞に耐えなければならないだろうが、彼らが今後武功であるとか名誉を挙げれば戻れる、と言う事。
その意味をしっかりと理解してもらいたかった。
戻らないのもまた良し、だ。
どちらにしても有用な人物であれば私は登用するだろう。
無論兄が復活して継承権が変わる可能性だってある。
魔力や戦闘能力だけでは国は治められないのだから、私自身も気が抜けない。
見渡せば彼等は敵意とも高揚ともつかない眼をしていた。

「楽しみにしておりますわ」

攻撃された場合はこの場で首を刎ねる事も許可されていたので、それをやらなくて済むのは行幸である。
誰も戦闘態勢に入っていない。呆けてもいない。
今後はわからない。だから今はそれだけで十分だ。
そう思って私は引き上げた。











「……ねぇ、マリア」
「はい、陛下」

ベッドに寝そべる老婆と、その手を取る老婆。
いまややせ細り肌の張りも跡形もないが、どちらも在りし日にはさぞかし美しかっただろうと偲ばせる姿だ。
手を握られている老婆は瞼を動かすのも億劫と言った様子だったが、それでも瞬いて白っぽくくすんだ目を傍らの老女に向ける。

「リセット、来なかったわね」
「そうですね」
「私が死んだら、あなたも安心して死ねるわね」
「……今更、です。陛下」

言いながら、手を握る老女は顔を歪めた。

「こんなになれば、もう、リセットなど恐れていません」
「そう?でも、理不尽なのは、恐ろしいでしょう」

横になっている老婆に、泣きそうな顔でもう一人の老婆は言う。

「今更、です。あなたと一緒にいて、私はもうそんなもの、怖くなくなったのに」
「ごめんね」
「……っ本当、です。バグでもリセットと関係なく、あなたが……」

その先は言葉にならず、老婆の嗚咽に消えた。

「でも、私がこうして死ねば、あなたはリセットなんてなかったって安心出来るでしょう?」
「そ、そんなの……そんなの……!」

やせ細った手を握って、老婆はまた嗚咽する。

「こんな年寄りになるまで生きれたわ。しあわせよ、私」

枯れ枝のような老婆は微笑む。
傍にいる老女は睨むように顔を上げた。

「あなた一人、しあわせだわ…」
「そうね、ごめんなさいね」
「……置いて、いかないでよ……!」

小娘みたいな言葉を吐いて、傍の老婆は握っていた一層手を強く握った。
それでも柔らか過ぎる皮膚はずるりと抜けていきそうで、暖かいその温度が信じられなくて、もっともっとと強く握った。

『姫』

深い声が聞こえた。
二人の老婆は無意識に声の方を見る。
そこには黒髪の、二人にとっては見慣れた絶世の美貌があった。
その美貌は今や悲しげに歪んでいる。

『姫。私の姫。美しい私の姫』

美しい男はそれ以上に語る言葉を持たないように、姫、姫と繰り返した。
ベッドの上で老女は濁った目を夢見るように微笑ませ男に向ける。
傍らの老女は涙を止める術を持たず二人を見た。

「私、しあわせよ」
『姫、姫、私の姫』

真っ赤な唇に皺々の顔中口付けられながら、老婆は瞼を落としていく。

『愛してる。私の姫。私の永遠。美しい私のローズマリー』
「ええ、私もよ。グノーシス。愛してるわ」

濁った目は緩んだ瞼に閉ざされた。
ぽたり、ぽたりと赤い瞳から零れた雫は乾いた皮膚に落ちる。
それは皮膚の上に滑って染み入る事はない。
美貌の男は寝そべり目を閉じる老婆に覆いかぶさるようにその唇に口付けた。
傍らの老婆は何も言えず、己の干からびた体から零れる涙をそのままに、その光景を眺めた。
それがどれほどの時間だったのかは誰にもわからない。

『我が子には、母の言うとおりにせよと』

目を閉じた老婆を抱きしめる男はそう言った。

「……もう、来ないの?」

男にどこには、とは問えなかった。
男は応えなかった。ただ、そのひどく美しい容貌に涙を零すままに、笑った。

『お前には一つの腕を。我が子には我が目を一つ』

老女には何を言っているのかわからなかった。
けれど、なんだか頷いてしまって、声を出した。

「わかったわ」

次の瞬間には、傍らの老婆が握っていた腕は、肩の辺りから先、胴体、顔、足などは消えていた。
老女が握っていた手、その腕しかなかった。
そして瞼を閉じた老婆がいた場所――その顔の辺りに、真っ赤な瞳を持つ眼球が一つ。
どちらも血などは零れていない。
残された腕を摩り、何度も何度も撫でながら老婆は涙を流した。

「しあわせだったのね?ローズマリー」

そう言って、一頻り泣いた後。
まだ温かみの残る腕と眼球を一撫でし――老婆は立ち上がる。

「誰か!誰か!陛下がご逝去なされました!」

握り締めていた手は離さぬまま、老婆とも思えぬ声でそう言った。







ヴォワール王国第二十一代国王ローズマリーの治世は、所詮女王との侮りを受け付けない程のものであった。
十九歳で父王を亡くし、若くして彼女が即位した後近隣国と次々と停戦協定を結び、ヴォワールでも異例の女性外交官を登用し長くに渡り会談を行い、彼女自身が死霊術師としての圧力もあったろうが結局は外交によって講和を成し遂げそれを不動のものとした。
最初の女性外交官後ヴォワールでは女性の社会進出が幅広く進められる事になる。

停戦協定の間にヴォワールと敵対していた国に婿入りした侯爵家の長男はかの国で地盤を築き友好関係を敷き、遠くにありて故国を守った。
彼女の兄である第一王子は公爵家を賜った後生涯彼女に仕え、盟友と呼ばれる平民出身の騎士団長と共に講和協定以前より国内の治安維持に努めた。
全ての国が恐れる魔物の被害は死霊術師の女王と共に三璧と呼ばれた双子の辺境伯に一任され、彼らの存命中は殆ど被害を受けず、彼等は自国のみならず他国の危機も大いに救った。
また、ヴォワールが近代魔法学における著しい発展をみたのは女王の采配もあったが何よりも魔法学研究室における才能によるものであり、稀代の魔法使いと呼ばれた研究室長が女王の要望に応え続けるという成果を残したからだと言われている。

相手はわからぬものの一粒種を残した女王は諱を死霊術師としては異例の護国女王とされ、後のヴォワール王国権勢の地盤を築いた人物とされている。
彼女の棺に遺体はなく、納められたのは片腕のみと伝えられている。
死霊術師の対価故に死人に体を食われたのだとされる一方、どこぞへと落ち延び暮らしたのではないかとの逸話も残っているが、隻眼の男と隻腕の女王の冒険譚は近代においては彼女が生きていると信じた民衆の創作であるとされている。
彼女がいかに民衆に愛された王だった事は疑いようもないだろう。

ちなみに女王の一粒種は父親不明でありながらも絶大な魔力を持ち、その美しさでもって家臣どころか周辺国との平和を繋いだとされる程の絶世の美貌を持った王だった。
彼の王は母親の冒険譚を笑い、そう言う事もあるかもしれんと決して否定しなかったと言う。



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