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耳タコなわたし

作者: 猫凹

「おまえ、一応女なんだからそれやめろって言ったろ」


 左耳に小指を突っ込んだまま、椅子を回して、声のした方をじろりと見る。わずかな隙間を挟んで密接した隣家から入り込んできたのは、幼馴染、言い方を変えれば腐れ縁の男。ここでは甲男(こうおとこ)――甲とでもしておこう。


「二階の窓から勝手に入ってくる奴に行儀作法を言われたくない」


 ぶっきらぼうに答えて、机に向き直った。

 私には、幼い頃に耳の奥の方まで綿棒を入れてしまい、鼓膜を傷つけた過去がある。その時の恐怖と痛みが忘れられず、耳掻き棒や綿棒が大苦手なのだ。指で耳掃除をするのは確かに見た目のいいものではないだろうが、怖いものは怖いのだから仕方が無い。ちなみに、そのトラウマ体験のとき、大泣きをしている所を、この男につきっきりで頭を撫でて貰っていた記憶は、私にとって二重のトラウマである。こいつはもう忘れているから、軽々しく行儀がどうこう言うのだろうが……。


「まったく、行儀よくしてりゃ……なのに」


 ん? 耳に指を入れたままで、良く聞き取れなかった。振り返って聴き直そうとしたが、甲はふいと背中を向けると、勝手知ったるで、もっぱら少女漫画で占められている壁際の本棚に向かう。聞きそびれた。そのまま漫画本を数冊手に取ると、向こう向きで床に寝転がって


「あんまり指突っ込んでると、抜けなくなるぞ」


 などと憎まれ口を叩く。人の部屋を休憩室に使っておいて偉そうにしているその態度に、ふん、と聞こえるように鼻息をひとつ。耳から指を抜こうとすると、抜けなかった。


 思わぬ抵抗に、しばし唖然とする。気をとり直して、指を引き抜こうとしてみる。抜けない。耳の奥から、指先を引っ張られているような感触。内心焦りながら頭をひょこひょこと動かしていると、私の挙動不審に気づいたのか、甲が立ち上がって寄ってきた。


「何やってんの? 新たなギャグ?」

「……抜けなくなった」


 椅子に座ったまま、甲を見上げる。耳は私のトラウマである。自動的に、小さい頃に体験した恐怖がよみがえってきて、思わず涙が滲んでくる。こいつの前で。情けない。見られないように、顔をうつむかせると


「貸してみろ」


 甲が、軽い調子で私の左腕を掴んだ。手と手で触れ合うなんて、何年ぶりだろう。思わずびくりとしてしまうが、甲は気にした風もなく、もう片方の手で私の頭を支えると、そっと私の左腕を引いた。すぽん、という音とともに、あっさり指が抜ける。


「なんだこりゃ」


 呆気に取られたような甲の声。耳から抜けた私の小指の先を見ると、小さなタコのようなものがしがみついていた。


 その耳から出てきたタコ……耳タコは、人語を解した。曰く、耳タコは、世界と世界の間にゲートを開き、様々な異世界を旅しながら、それぞれの異世界の特産品の交易により利益を得ている、一種の貿易商だということだ。新たな異世界へのゲートを開拓していたところ、耳垢が詰まった私の耳の奥はいい具合に混沌を極めており、ゲートを開く条件を満たしていたのだという。あまりにもあまりな説明に、自分の耳を疑う。


 しかし、耳タコは確かに私たちの眼の前に存在している。その耳タコが、早速、私達に交易を持ちかけてきた。今なら、この地球との交易については、一切を私と甲に牛耳らせてくれると言う。異世界間の交易というのは、それはそれは大きな利益を生み出すのだとか。


 却下。


「人の耳をどこでもドアみたいに使おうとするな!」

「えー? もったいねえじゃん! やろうぜ交易」


 無責任なことを軽々しくのたまう甲の言葉には耳を貸さず、耳タコには早々にお引取りを願うことに決定。触手を振り回し尚も異世界交易の素晴らしさを力説しようとするのをつまみ上げる。諦めた様子でおとなしくなった耳タコを左耳に入れようとした所、文句を言い出した。何でも、ゲートというのは一方通行で、あちらの世界に帰るには、対になっている別のゲートを使う必要があるらしい。当然この場合は、私の右耳。


 言われるままに、今度は右耳に耳タコを押し込む。さようなら。もう来ないでね。なにやらブツブツと不平を言いながら、ゴソゴソと私の耳の奥に入っていく耳タコ。それを名残惜しそうに見ている甲。こっちは、鼓膜を傷つけた時の恐怖をまたぞろ思い出してしまい、気分が悪くなってきた。これも少しの我慢、と思って鳥肌を立てながら目をつぶって待つ。耳タコは、耳の洞穴の中ほどでしばらくごそごそやっていたかと思うと、あろうことかそのまま引き返してきた。


 耳タコを目の高さまでつまみ上げて問いただすと


 ――耳垢が詰まっていて、先に行けません。


 ゲラゲラと笑う甲。私は耳まで真っ赤になりながら、耳タコをベッドの上に放り投げると、だんだんと階段を踏みしめて一階に降り、救急箱から久しく手にしていない耳かき棒を探し出し、手に取った。目を丸くし、物問いたげにしている母を無視して自分の部屋に戻る。床に胡坐をかき、漫画を読みながら待っていた甲の向いに、こっちも胡坐ででんと座りこむ。耳タコはと言えば、甲の頭の上にちゃっかりと乗っかり、一緒になって漫画を読んでいた。


「きれいにしたら、さっさと帰ってもらうからね!」


 甲の顔を睨みつけながら、耳かき棒を右手に構え、そうっと右耳に近づける。耳かき棒の先が、耳の穴の縁に触れた。その瞬間我に返り、指が止まる。そこまでは勢いのまま行動していた私の頭の中に、幼い頃に鼓膜を傷つけてしまった時の、恐怖の記憶が甦る。指がカタカタと震え出す。耳かき棒が、私の意志を離れ、私の手の中で勝手に暴れだす。


 睨みつけていたはずの甲の顔がにわかに滲む。思わずぎゅっとつぶった目の端から、涙が頬を伝って落ちる。


 怖い。


 こわいよ。


 たすけて甲。


 甲が立ち上がったのが、雰囲気で分かった。側に寄ると、私の右手を取り、開かせる。折れそうなほどに握りしめていた耳かき棒を奪う。そのまま歩き出すのを感じ、強く閉じていた目を開けてその姿を追う。甲は私のベッドまで歩いて行き、神聖不可侵な乙女の寝所に断りもなく腰を掛け、傍らをぽんぽんと叩いて、私を呼んだ。


「ほら」


 毎日のように部屋に侵入を許してはいても、ベッドにだけは、お互いに暗黙の了解で、手を触れさせないできた。普段なら耳たぶをつかまえて窓から放り出す場面である。しかし、その時の私は、すっかり気が弱ってしまっていた。甲に呼ばれるままに、ふらふらとベッドに近づき、甲の隣に並んで腰をかける。


「何を――うわっ! ちょっ!」


 上半身を抱き寄せられる。抵抗する間も無く押し倒されから、我に返って暴れようとしたところで、左頬に、暖かなデニム地の感触。

 甲に、膝枕をされているのだと気付いた。


「なっ、なに!?」

「いいから」


 慌てて起き上がろうとしたところを、優しく、でもしっかり押しとどめられる。それ以上のことをする様子はなさそうなのを確かめ、恐る恐る甲の膝の上に頭を乗せると、甲は私の右耳を覆う髪をやさしくどかした。耳掃除をしてくれようというのだと、そこでようやく気付く。同い年の男子から子供のような扱いをされることに、恥ずかしさがこみ上げる。


「や、やめてよぉ……」

「危なっかしくて見てられないからな。いいからおとなしくしとけ」


 くっ、確かにその通りなのだけど……悔しい気持ちで、まだ涙の残る目で、甲の顔を見上げる。どうせいつものように、人を小馬鹿にしたような顔で……え?


 耳タコを頭上に乗せたまま、間抜けに見えるだろうと思ったその表情は、普段の甲が見せるそれとは、あまりに違っていた。私は呆けたように、数秒間その顔を見つめてしまってから、はっと我に返り、慌てて目をそらした。なんだこれは。口はぱくぱく、言葉が出てこない。代わりに心臓がばくばく言い出す。膝枕をされたまま、かちかちに固まってしまう。

 私がおとなしくなったと見るや、甲は、改めて私の髪をよけると、そのまま私の頭を優しく抑えた。右耳に、甲が持つ耳かき棒が触れる感触がする。そのくすぐったさに、思わずびくんと身をすくませる。それを、甲は私が怖がっているものと思ったらしい。


「大丈夫。怖くないよ」

「――っ!」


 どの口がそんな耳が腐るような台詞を、と軽口を叩く余裕もない。自分が耳まで真っ赤になっているのが分かる。それを見られている。心臓の動悸は、はっきり耳に聞こえるほど。私の心はすっかり見透かされてしまっているだろう。もうおしまいだ。色々と終わった。

 内心で観念してしまうと、自然に体から力が抜けた。全身の筋肉を弛緩させ、ぐったりと、甲の膝に頭を預ける。


「いい子だ」


 もはや、似合わない台詞に反応を返す余裕もない。息も絶え絶えに、されるがままになっていると、右耳に耳かき棒が差し込まれていくのが分かった。そのことに、かけらの不安感も感じないことに、自分でも驚く。甲が、優しく私の耳の内側を掻き始めた。くすぐったさに、思わず身を捩りそうになる。その気持ちよさに、抑えきれずにため息が漏れる。目だけを動かして、甲の顔を再度確かめる。先ほど見たままの顔。泣いていた私を慰めてくれた、いつでも一番近くにいる、男の子の顔。胸をくすぐる恥ずかしさはそのままに、徐々に動悸がおさまっていく。


「寝ててもいいぞ」

「……うん」


 最後に目に映ったのは、柔らかな光を宿した甲の瞳と、その頭上にいる耳タコの呆れたような顔。同い年の男子の膝に頭をあずけ、これ以上ないほどに無防備な姿を晒しながら、私は陶酔とも言えるような、心地よい眠りに引き込まれていった。



……


…………




「終わったぞ」


 ぽんぽんと頭をたたかれ、目を覚ました。頭はまだ、甲の膝の上。そのまま、再び寝入ってしまいたいという誘惑を抑えつけ、まだぼーっとした頭で、目をこすりながら体を起こす。


「ちょっと耳貸せ」

「ん」


 言われるままに耳を差し出すと、ふっと息を吹きかけられた。


「ふひゃぁっ」

「はい。これで本当におしまい」


 妙な声を上げさせられてしまった恥ずかしさに、一気に目が覚める。何しやがると文句を言ったところ、細かい耳垢を飛ばしただけだとニヤニヤと笑う。まるで何事もなかったように、憎らしい表情が戻っているその顔。しかしこちらは、先ほどの夢を見ていたかのような体験から気持ちの切り替えが追いつかず、思うように言葉が出てこない。悔し紛れに、とりあえず一発なぐろうと決めた所で


「ほれ。発掘結果」


 ティッシュペーパーにうず高く積み上げられた物を見せられた。耳タコが、珍しいものでも見るようにそれをつつき回している。その詳細をここで描写するのは乙女の沽券に関わるので、差し控えさせて頂く。耳タコを指で弾き飛ばし、ティッシュペーパーを乱暴に丸めると、机の鍵が掛かる引き出しの一番奥に押し込んだ。

 ……捨てるのも、何かもったいない気がしたのだ。


 まだ異世界間交易に未練があるらしく渋っている耳タコをせかして、私の右耳探検に再挑戦させる。ごそごそと耳の奥の方に進んでいく異物感に、不思議と怖さを感じなくなっていた。しばらくして、耳の奥でぶつぶつと、耳タコが念仏のようなものを唱えているのが微かに聞こえたと思ったら、突然、異物感が消えた。どうやら、耳タコは帰るべき世界に帰って行ったようだ。

 その旨を甲に伝える。甲はぽかんとして言った。


「なんだ呆気ないな」

「そ、そうだね」


 こちらは、呆気ないどころではなかった。物足りなさそうにしているその甲の顔を、まだまともに見ることができない。耳タコ、おまえはとんでもない物を盗んで行ってくれやがりました。それは私の平穏な日常です。この短い時間の間に、私と目の前の男との力関係が大きく変わってしまったような気がして、無性に悔しいような、恥ずかしいような、うれし……う、そんなこと絶対ない!


 そんな私の内心の葛藤を知ってか知らずか


「んじゃ、俺も今日は帰るわ」

「えっ」


 甲は立ち上がると、腰高の窓を開けて桟に上がった。いつもなら、見送ったりなどしないのに、思わず私も立ち上がる。せめて何か、一言――甲は、自分の部屋のベランダに足を掛けた所で、こちらを振り向いた。極上の、やさしい笑顔に、どきんとする。


「――おまえさ」

「な、何?」


 胸の前で手を組み、その言葉を待つ。その言葉を聞いたら、きっと私は、私は――


「――今度は鼻の穴ほじくって、変なの呼び出したりするなよ!」


 ゲラゲラ笑う声に向かって投げつけた枕は、直前に締め切られた窓に、虚しく跳ね返された。


挿絵(By みてみん)

 生まれて初めて挿絵を頂いてしまいました。嬉しすぎる(*´Д`*)


 2ちゃんねる創作発表板「『小説家になろう』で企画競作するスレ」ではいつでも参加者を募集中。

 お話を書くのは初めてという方でも大歓迎。まったり雑談から、辛口な批評のやりとりまで何でもあり。お気軽に、覗いてみてください!

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― 新着の感想 ―
[一言] 心地良い作品でした ありがとうございます
2017/04/15 22:56 退会済み
管理
[一言] 僕も右耳の鼓膜倒して耳掻き出来ないんだよなー 綿棒濡らして掻く位です。 そのうち耳タコ来るかなー 良い話でした。 楽しかったです。
[良い点] 萌えの追求がなされた作品でした。 甘酸っぱさが程よく、笑いも内包。 アイディアと日常がうまくミックスされていて 可愛らしくまとまっています。 [気になる点] 耳垢を包んだティッシュは捨てよ…
感想一覧
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