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片想いの僕と、両想いの君
作:朝霧海斗



「あのさ、聞きたい事があるんだけど――」
 昼休み。
 昼食を終えた僕の元に、話があると彼女がやってきた。
 そして連れて来られた場所は屋上。若干風が冷たいが、それでも僕の心はウキウキだった。
 だってねぇ。こんなシチュエーション、誰だって期待するでしょ。普通。
「――柊君って、甘い物好きなのかな?」
 だけどまあ、そんな僕のウキウキ気分はあっという間にどこかへ吹き飛んでしまいましたとさ。
 さて。
 残念ながら僕は春日晴彦という名前で柊と言う名前じゃないから、この場合僕の事で無いのは理解できる。そんでもって柊っつったら、僕がガキの頃から一緒のいわゆる幼馴染というやつで、小学一年から高校生になった今までずっとクラスが同じという、ある意味呪いのような仲だ。
 つまり彼女は、柊の事を聞きたいらしい。
 ただ、疑問なのが、彼女の顔がほんのりと赤く染まっており、どこか恥ずかしそうな雰囲気を出しているというところにある。
「……えーっと。なんで?」
 よせば良いのに、僕はついついそんな事を聞いてしまう。
 後悔するまで五秒前。
「あ、あの。バレンタインデーに、チョコ渡そうと思って」
 はい自滅。
 自分で埋めた地雷を踏んじゃいました。
 彼女の真剣な様子から、義理なんていう甘っちょろいもんではないだろうから、菓子会社が画策した、どことなく陰謀の匂いのする日に乗じて、告白なんぞをするつもりかも知れない。
「……あ、えーっと。柊、チョコは多分平気だと思うけど、あまり甘いのは苦手」
 少し気が遠くなりそうになりながら、僕は素直に本当の事を教えた。
「そうなんだ……うん、ありがとう、春日君!」
 彼女の満面の笑み。
 それだけで、僕の心は癒されてしまうのだから不思議なものだ。
「春日君にもちゃんと義理、用意しておくからね!」
 彼女は無邪気に、はっきりと義理と宣言して、屋上から去っていった。
 一人残された僕に、木枯らしが吹き抜けていったような気がした。
 どうにかして、バレンタインデーなどという行事をカレンダーから抹殺できないものかと考えながら、僕もとぼとぼと屋上を後にした。


 * * * *


 抹殺なんて出来るはずが無かったけどな。
 学校はそりゃもう色めき立っていた。
 女子はいつもより一つばかし多い荷物を持っており、男子はいつに無くソワソワしていたりする。
「……良いよなぁ、晴彦は」
 ぼそりと、唐突にそんな事を言ってきたのは、隣の席に座る柊だ。
「夏木から貰う予定あるんだろ?」
 ……痛い。心が痛い。
 確かに彼女から貰う予定はあるけど、もうはっきりきっぱりと義理だと断言されちゃってますし。っていうか、お前が本命だよコノヤロウ。
 ちなみに、夏木っていうのは僕が最も好きな苗字の一つで、偶然にも僕が好きな彼女も夏木って苗字だったりする。
「良いよなぁ、お前。なんであんなに夏木と仲良いんだ?」
「なんでって、そりゃ仲が良いからでしょ」
「そうじゃなくて……まあ良いや。とりあえず一発殴らせろ」
 それは僕のセリフなんだが。
 ……というか待て。今の柊のセリフ、微妙に引っかかるところが。
「あー、柊サン? つかぬ事をお聞きしますが、夏木ちゃんの事をどうお思いでショウカ?」
 本当に僕はなんだって、よせば良いのにそういう事を聞いてしまうんだろうか。
「好きだな。っつーかラブ?」
 マジですか。
 じゃあ、もうこれってあれじゃん。両想いってやつじゃん。
 僕の出る幕なんて何一つとして無いじゃん。
「…………」
「お前はどうなのよ? 春日クン?」
「……わかってるくせに、聞くなよ」
「まぁな。もう見ててバレバレ? 夏木ってしっかりしてそうなのに、そういうところは鈍感みたいだな」
 何が面白いのか、柊はくつくつと笑いを漏らす。
「でもまあ、負けるつもりは無いぜ?」
 不適な笑顔。
 くそ。カッコいいじゃねぇか。
 実際、夏木ちゃんと柊が並んで歩く姿は、サマになっていると思う。
 本当に、癪な事だけど。
「……負けるつもりも何も、もうお前の勝ちだよ」
 僕は最後に、負け犬らしくセリフを吐き捨てながら、席を立った。
「これで勝ったと思うなよ!」
「いや、晴彦。意味わかんねぇから」
 柊の的確なつっこみを背に受けながら、僕は彼女が居るクラスに足を運んだ。


 恋愛と友情を取るとしたら、どちらを取るか。
「そんなの、恋愛に決まってんじゃん」
 というのが、僕の意見で。
「あー、じゃあ友情で良いや、俺は」
 というのが、柊の意見だった。
 カッコつけてんじゃねぇよと、その時の僕は笑ってやったが、今になって『友情』だと答える人の気持ちが分からないでもない。
 それはきっと、どちらかといえば、カッコ良いものでは無く、最悪にカッコ悪いものだ。
 だけど、それも良い。
 たまにはそんなのも悪くない。
 彼女の笑顔を見られるなら、道化になるのだって悪くないさ。


「夏木ちゃんいる?」
 彼女のクラスにやってきて、手近にいた女生徒に彼女を呼んでもらう。
「あれ? どしたのさ、春日君」
「ちょっと良い事を教えようかと思いまして」
 僕は少しおどけた調子で言う。
 まさしくそれはピエロの如く。
「春日君占いによれば、今日の夏木ちゃんはラッキーデーです」
「はい?」
「そりゃもう、何もかも全てが上手く行きます」
「……えーっと、どしたの? っていうかなんか変なもんでも食べた?」
 どうやらマジで心配そうな顔で覗きこんでくる夏木ちゃん。
 止めて止めて、その上目遣い止めて!
 せっかく頑なに誓った僕の意思が、どんどん柔らかくなってくから!
「と、とにかく! 夏木ちゃんは今日はハッピーデーなの!」
「は、はぁ。ありがとう」
「例えば、新しい事業を始めれば見事に成功します」
「そんな考え一度も持った事ないよ」
「例えば、映画のエキストラに出演すると監督に目をつけられてアイドルデビューします」
「それ、ちょっと無理あるよね?」
「例えば、今日に見る夢はとても素敵な夢だったりします」
「なんかもう、無理矢理搾り出した感じが……」
「例えば――」
 僕は、息を吸い込んで、吐く。
 良いのか、僕。これを言ったら、彼女と親友は間違いなくくっつくぞ。それでも良いんだったら、言っちまえ。
 ……くそ。一つ貸しだかんな、柊。
「――好きだった男の子が、君の事を好きだったりします」
「……え?」
「例えば、勇気を出してチョコレートを渡せばそりゃもう彼は大喜びします」
「春日君、それって……」
「例えば、告白してしまえば即効でオッケーの返事がもらえたりします」
 僕がそんな嘘っぱちな占いを言い終わると、彼女は優しく可愛く微笑んだ。
「ありがとうね、春日君」
 ……ああ、畜生。やっぱ僕は、どうしようもなく目の前の君が好きみたいだ。
 その目も、その唇も、その耳も、その鼻も、その髪も、その手も、その足も。
 多少変態チックな響きに聞こえるのは、きっと気のせいだ。
「あー、それと」
 僕は一つ言い忘れてた事に気がついた。
「僕に義理チョコをくれたりなんかしたら、僕が大いに喜びます」
「うん。わかった」
 やはり彼女は、僕の好きになった彼女は、満面の笑みでそう答えてくれた。


 * * * * 
 

 ――死にたい。
 僕はなんであんなこっ恥ずかしい事をやってしまったのか。
 何が占いだ。何がハッピーデーだ。
 若気の至りにも程がある。
 そもそも、僕が動かなくても夏木ちゃんは初めからチョコを渡すつもりだったんだから、僕の行動は無意味だったような気がしなくもなく、考えれば考えるほど、顔から火が出そうだ。穴があったら入りたい。だからといって彫る気力も無いわけだけど。
 多分、これからバレンタインデーになるたびに、今日の事を思い出しては身悶えるのだろう。
 時刻はすでに放課後。
 夏木ちゃんも、チョコレートと共に自分の想いをちゃんと柊に渡した事だろう。
 柊もそれをしっかりと受け止めるはずだ。
 僕は屋上にいる。
 白い雲が、赤く染まったそらを横切っていく。
 なんだかねぇ。
 そうだ。夏木ちゃんのチョコで気分を紛らわせよう。
 と、カバンの中に大事に閉まった夏木ちゃんチョコを取り出そうとしたところで、胸ポケットの携帯電話が自己主張を始めた。
『っつーわけで、付き合う事になったから』
『春日君のおかげで、恋人同士になりました』
 ……そんな二つのメールが来ていた。
 言うまでも無く、柊と夏木ちゃんだ。
 僕は素早く携帯のボタンを押していく。
『夏木ちゃんを泣かしたら、コロス』
『おめでと。どうか幸せにね』
 どっちがどっちの返信内容かは、言わなくてもわかるから割愛。
 僕は携帯電話を放り投げて、夏木ちゃんチョコを取り出す。
 丁寧にラッピングされている包装を剥がすと、手作りらしさがにじみ出ているチョコレートが姿を現した。
 僕は少々躊躇いながら一かじり。
 ちょっと苦めの、大人の味がした。
「来年は、僕の好みもちゃんと伝えておかなきゃな」
 僕にして言わせれば、もうちょっと甘い方が嬉しかったりするわけだ。
 だけど、まあ、仕方ない。
 これは柊用に作られたチョコだしな。
 それでも、もう一かじり。
「……苦い」
 本当に、なんでこんなに苦いんだろうな。
 このチョコにしても――僕の恋愛にしても。
 でもまあ、良いか。
 義理にしろ、夏木ちゃんの手作りチョコだし。夏木ちゃんの笑顔も見れたし。
 そういう事に、しておこう。


フライングバレンタイン小説。(投稿日2月1日)
なんとなくチョコレートが食べたくなった。
それだけ。













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