超能力者といえどもカレーで顔は洗えないお( ^ω^)
アリスの住んでいるプレハブ小屋は、本当に狭かった。キッチンとユニットバス、そして8畳間――たったこれだけしかない家なのだ。かろうじて押入れはあるものの、たくさん入らないようで部屋の隅には3人分の布団が積み上げてあった。
「おまたせ〜。熱いから気をつけてね〜」
お盆に乗せて運ばれてきたのはラーメンの丼だった。モクモクと湯気を立てているスープの上には《1/2のゆで玉子》や《ホウレンソウ》などがトッピングされていて美味しそうだった。
「ラーメン! ラーメン!!」
アリスの弟――泥水セシルが無邪気な声をあげて喜んでいる。すこし慣れてきたのか、昼食の出来上がりを待っているあいだに、セシルとボクはすこし打ち解けることができていた。
「あっ…こら、セシル! お客さまが先よ!」
「ええと…いいよ、ボクのは後で」
「――あのね、おねえちゃんのつくるラーメンって、すっごくおいしいんだよ!」
隣に座っているアリスの妹――泥水リリスが、ボクの顔をのぞきこみながら言う。器量のいいところがアリスそっくりで、黒髪のツインテールがチャームポイントだ。
「なんでおいしいかっていうとね、おねえちゃんはラーメンやさんなんだよ!」
「ちょ、ちょっとリリス! 余計なことを言うのはやめなさい」
アリスが…ラーメン屋さん? まあ、言わんとしていることは何となくわかった。
「あ、あのね…わたし、掛け持ちでアルバイトしてるんだけど、そのなかにラーメン屋さんもあるんだ」
つまりは、そういうことだ。掛け持ちのアルバイト――いくら学費が免除されているといっても、生活費までは支給されていないはずだ。ご両親がいない泥水家の家計を支えるのは、当然、いちばん年上のアリスの役割になってしまう。
「あ、あのね――ラーメン屋で働いているっていっても、わたしがラーメン作ってるわけじゃないよ……皿洗いとか注文聞いたりとかする程度だし」
「……そうだとしても…うん……美味しいよ、このラーメン。インスタントのやつじゃない感じだね?」
お世辞じゃなくて、本当にアリスが作ったラーメンは美味しかった。特に、麺がシコシコ(笑)していた。
「うん。お店で使ってる本格的な生麺だから、わたしなんかが作っても美味しく出来るんだ……スープも、うちのお店のだよ」
よほどお気に入りなのか、リリスや弟のセシルたちは一心不乱にラーメンを食べ続けている。
「ねえ、アリス……」
「ん? ピョロ助くん、どうしたの?」
すっかりボクの名前は「ピョロ助」になっている。本名は違いますから。まあ、そんなことはいい。
「あの…こんなこと聞いちゃダメなのかもしれないけど――なんで、ご両親と一緒に暮らしてないの?」
高校2年生の女の子が、小学生2人を抱えての3人暮らし。子供だけの生活。アルバイトの掛け持ち――どう考えたって普通じゃなかった。
「あ……そっか…そうだよね。気になるよね」
さっきまで笑顔だったアリスは、表情をくもらせて下を向く。
「気にさわったらゴメン――でも、聞かないっていうのも不自然だと思うから……」
ボクにとって泥水アリスという女の子は(まだニャンニャンしてないけれど)すでに他人ではなかった。当然、リリスやセシルもだ。
ボクは思う――いまのアリスたちは、誰がどう考えても幸せには見えない。
きっとアリスは、高校の授業を終えたあとに、おそらく毎日アルバイトをしているのだろう。3人分の生活費を稼ぐためには夜遅くまで働かなければならないはずで、バイトから帰って来た後も、リリスやセシルの面倒を見なければならないだろうし、遊ぶ時間なんてあるはずがない。これは――とても残酷な悲劇だった。
「もし迷惑じゃなかったら…ボクに話してほしい。なぜ、子供が3人だけで、こんなプレハブ小屋に住まなければならなくなったの?」
そういい終えたあと、ボクはラーメン丼を見下ろす。最後に食べようと思って残しておいた《ゆで玉子》が、いつのまにか無くなっていた――まあ、そんなことはいい。
「……うん。わかった…いいよ――でもね、別にそんな大したことじゃないんだよ」
言葉とは裏腹に、アリスは意を決したように強い眼差しをボクに向ける。
「あのね――わたしたち、お母さんの顔を知らないんだよね」
「あ…う……そうなんだ」
これは本格的に聞いちゃいけないことを聞いてしまったような気がする。幼いセシルが同席している時にしていい話じゃない。
「わたし、おねえちゃんがいれば、ぜんぜんへーきだよ!」
「……ぼ…ぼくも!」
まだ小学校の低学年だというのに、リリスとセシルには充分なくらい《思いやりの心》が備わっているようだった。それだけで、アリスの高潔で慈悲深い人柄が伝わってくる。どうやらボクは、素晴らしい女性に愛されてしまったらしい。
「あとね……お父さんは…ええと、まあ生きてはいるんだけど、そのう――」
「も、もし言いにくい事なら、無理に教えてくれなくてもいいよ……何かとてもつもない真実が潜んでいそうで、ちょっとイヤな予感もするし――」
「――ち、違うの! そういうんじゃなくって……えっとね。あのね、わたし達のお父さんは、ずっと長い間、ある研究をし続けているんだけどね……」
「ふうん。じゃあ大学の先生か何かなの?」
「そうじゃなくって…わたしが小さい頃までは平凡なサラリーマンだったの」
「へえ…そうなんだ」
明らかに、アリスの顔を紅潮している。ほんのり赤い。
「でもね、わたしが中学3年生の時に、ある日突然なにかに目覚めたらしくって…それまでやっていた会社の仕事を辞めて、その研究に没頭しはじめたの」
「研究って…どんな研究?」
死者を蘇らせる研究とかだったら…どうしようか。もしそうなら、ボクはこの場を全力疾走で脱出しなければならない。
「わたしのお父さんがしている研究っていうのはね――」
「う、うん……」
「チロルチョコを金塊に変える研究なの」 |