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時間停止能力者のためのリスクマネジメント入門
作:雛祭パペ彦



超能力者といえども車に轢かれたら死ぬお( ^ω^)


 今まさに、1人のおばあさんが、大きなトラックに轢かれそうになっている。
 その大きなトラックの荷台には、砂利が山盛りに積載されていた。
 すくなくとも、10トン以上の重量がありそうなトラックだった。

 おばあさんは、横断歩道を渡っている最中だった。
 歩行者用信号は、赤色。
 大きなトラックの前輪は、すでに横断歩道の白線にさしかかっていた。
 つまりもうすぐ、おばあさんと大きなトラックは衝突する。

 一般的に「おばあさん」というのは骨折しやすいイメージがあるし、実際そうに違いない。
 だから、大きなトラックと衝突すれば「おばあさん」は骨折するだろう。

 まず、おばあさんは左腕を骨折するだろう。
 なぜなら、大きなトラックは、おばあさんから見て左手の方から走行してきたからだ。
 次に、おばあさんは腰骨を骨折するだろうし、続けて左脚の大腿骨も骨折するだろう。
 というか、女の老人であるところの「おばあさん」が、走行中の大きなトラックと衝突すれば、たぶん死ぬ。
 このあと、おばあさんは死ぬのだ。
 あの大きなトラックに轢かれて。

 もうすぐ死ぬ。
 でも、まだ「おばあさん」は死んでいない。
 トラックと衝突していないからだ。

 いつ衝突して、いつ死ぬのか。
 まだ、死なない。

 ……ボクが時間を止めているかぎりは。

 そうだ。いま、世界は停止している。
 ボクが時間の流れを止めているのだ。

 登校の最中に、この状況にバッタリ出会った。
 赤信号なのにも関わらず、おばあさんが横断歩道を渡っていたのだ。
 そこへ大きなトラックが差し掛かり……現在に至る。

 まだ、おばあさんは死んでいない。
 大きなトラックも停止している。
 運転席を眺めれば、50代くらいのオジサンが慌てた表情を浮かべていた。
 ボクが時間の流れを止めている限り、おばあさんは死なない。

 時間を止めるのは、簡単だった。
 呼吸をしなければいい。
 それだけのことで、世界は停止する。
 
 ボクは、さきほどから呼吸をしていない。
 もうすぐ1分くらいになる。
 ……そろそろ、限界だった。

 おばあさんを救う方法が無いわけではない。
 時間の流れを止めているあいだに、ボクが、おばあさんを移動させればいい。
 おばあさんは小柄だったし、たぶん骨粗鬆症で骨がスカスカだろうから体重は軽いだろう。
 だから、轢かれそうになっている「おばあさん」を安全な場所まで移動することは難しくない。
 難しくないけれど、ボクにそれを実行する勇気は無かった。
 なぜか?

 怖いのだ。

 もし、ボクがおばあさんに近寄った瞬間、ふたたび世界が動きだしたとしたら……。
 おばあさんは死ぬだろうが、それは予定どおりの出来事だ。
 しかし、そうなったら、ボクも巻き添えをくらって轢かれてしまう。
 高校1年生の男子というのは骨折しにくいものだけど、走行中の大きなトラックに轢かれれば、おそらく骨折するだろう。
 というか、死ぬ。

 それは、イヤだ。

 だから、ボクは「おばあさん」に近寄ることすらしたくない。
 いくら時間の流れを止めることができるとはいえ、ボクは自分の能力を100%知り尽くしているわけではないのだ。
 止めているはずの時間の流れが、ボクの意思とは関係なく、ふたたび動きださないと言い切れないのだ。

 もう限界だ。
 胸が苦しくなってきた。
 わずかな立ちくらみ。
 お腹すいたでちゅ。

 …………。

 来るべき瞬間、骨が折れる音は聞こえなかった。
 急なブレーキングの悲鳴とエンジンの轟音が、それを掻き消したのだ。

 ボクは生きている。

 そして、いつものように学校へと向かった。 
 
 
 
 












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