ハロウィン当日、生徒会室前
「じゃあ、嘘ついた罰ね。」
生徒会長様はそういって、いたいけな一般生徒に雑用を押しつけた。
その雑用とは、
「生徒会さん、トリックオアトリート!」
「はい、どうぞ。」
ハロウィンの当日、生徒会室前に置かれた机に座り、生徒にお菓子を配ること。
お決まりの文句を言っても、お菓子をくれるのは教師や事務のおばちゃんだけでは場所が限られてしまうし、楽しみがない。
『せっかくだから、あまり行かない学年や他クラスと交流しようぜっ』
といつぞやの生徒会が決めたらしく、各クラスと中継地点にある生徒会室には菓子を配る人を置くようになった。
交代制にしようにも、文化祭と違って通常授業の放課後、たった数時間のこと。
まわるほうが楽しいに決まっているにもかかわらず、各所に決められた数の人がちゃんといて、中には小さなイベントを行うクラスもあるとか。
「どうしてそこまでやるのでしょうか。ナゾです。」
暇をもてあました早苗がつい考えこんでいると、影がおちた。
「わあ、クッキー、ネコさんのかたちだ!か~わい~」
「ほしければ言葉をどう…ぇ。」
顔をあげながら返事したことを、早苗は後悔した。
目の前にいたのは、あのキツネ目軍団だったのだ。しかも、キツネ目とその脇を固めていたふたりのトップ3。対面に座っているのが敵だと知れたら、なにが起こるか…血を見るより明らかであろう。
しかし、彼女たちの態度は変わることなく会話が続行する。
「トリックオアトリート!」
「お菓子くれなきゃ、イタズラしちゃうよお。」
「あ。はい、どうぞ。」
あわてて笑顔で取り繕う。
仮装のおかげで早苗だと気づかなかったらしい。用意してくれた香樹に感謝せねばなるまい。…たとえ、強制的にネコの耳と尻尾をつけられたうえに、垂れ下がった目蓋を限界まで上げさせられているとしても。
こっそり肩をなでおろしながらも、いなくなってくれオーラを放つのだが。
彼女たちは早苗に興味津々のようで…
「あなたの格好とクッキーって、合わせたの?」
「ま、まあ、そうですね。」
「ネコミミかわいい、よく似あってるよ!」
「…アリガトウゴザイマス。」
どうやら、綱渡りのような状況をもうしばらく続けなければならないようだ。それに加えて、いやいやながら着ている仮装を褒められる。早苗の眉間にシワがよっていき、不本意を訴えはじめた。
幸か不幸か、彼女たちは正面にいるのに、そんな早苗のようすには気づいていないようだが。
「ところで、どこのクラス?」
「うちらは普通だけど、見ないかおだね。」
上履きの色で同学年と察したらしい。
「情報です…」
「あ、だからわからなかったのか。こんなかわいい子知らなかったなんて、高校生活半年以上損したわあ。ね、奈津美!」
「そうね。」
ひとりが後方へふりむき、同意を求めるように話しかける。そこにいたのは軍団のボス、魔女の仮装をしたキツネ目。
―しまった…。
早苗は嫌な汗が背中を流れていくのを感じる。重大なことを、今になって思い出したのだ。
ふだんからずっとカーテン髪なので、ほとんどの生徒たちは早苗の顔を知らない。彼女たちが早苗を見破れなかったのは、それもあるのだろう。知っているのは、貴文のような幼なじみ、香樹、そして中学までの知りあい。…ことあるごとに攻撃してくるあの集団の中で、これに該当するのはひとりだけ。
このキツネ目リーダー、奈津美だ。
いくら変装しようとカンのいい彼女のことだ、ばれるのは時間の問題である。
「どうしましょう。」