序章「バーコード頭は、男の勲章」
僕はバーコート頭というヘアスタイルをしている。
頭のてっぺんのほうには、もうほとんど髪の毛は生えていない。
まだ生き残っているサイドの髪の毛を伸ばし、器用にワックスで固め、なんとかバーコード頭にとどまっている。
スキンヘッドになる日もそう遠くないだろうな。
世間では、ハゲは冷たい視線を浴びる機会が多い気がする。
恥ずかしさから、かつらで隠す人もめずらしくないけど、僕はかつらをかぶろうと思ったことは1度としてないんだ。
このバーコード頭は、僕にとって勲章のようなものなのだから。
のろまで不器用で冴えない男、それが僕こと斉藤健を表現するのにうってつけな言葉だ。
いつも、まわりの人より3歩は出遅れていた。物事を呑み込みことが何分苦手で、どれだけ人様に迷惑かけてしまったかわからない。
高校の成績も卒業ギリギリで、運動能力も皆無な男。
僕の一番の取柄は運が良いことだ。
今の社会だったら、僕に内定をくれる会社なんてない、絶対だ。
僕の若いころは、企業の採用枠も広くて、年功序列・終身雇用が当たり前の社会だった。
そんな社会背景を背に、僕はある程度名の通った全国的な企業に就職することができたのだ。
美恵子さんという、素晴らしい伴侶も得た。
美恵子さんは明るくて奇麗な女性で、本来ならこんな僕には高嶺の花。けれど、美恵子さんは、僕を生涯をともに歩む相手に選んでくれた。
愛しい妻との間には、玉のような女の子が生まれた。
透き通るような白い肌をしていて、僕の目の前に出てきてくれたのが冬。美恵子さんに似るといいなと思い、「恵」の一文字を取った。
雪恵ちゃんは僕たちの1人娘で、すくすくと健康で元気に育ってくれている。
『目に入れても痛くない』それほど可愛く、愛しく思える存在がいることを教えてくれた。
本当に、僕は運がいい。
僕の仕事は、頭を下げて穏便に揉め事を解決すること。
顧客のクレーム処理を行う部署に配属されてから、早二十数年。
耳がキーンと痛くなる声で罵倒されることは日常茶飯事。時には物を投げつけられ、胸倉を掴まれたことある。
土下座をすることに、もう抵抗感はない。
同じ部署に配属された同僚たちは、自分を卑下され続ける職場に見切りをつけてほかの会社に転職するか、心を使い果たして壊れて退職していくかのどちらかだった。
部署に同期は1人もおらず、僕だけが会社になんとかしがみついている。
とはいっても、毎日のように胃をキリキリさせながら働いている。
何年も前から胃薬は欠かせないし、ストレスが増えるのと比例するように抜け毛が増えた。
「美恵子さん、雪恵ちゃんを守りたい!」
その一心で、地獄のような会社に行き、今日も僕は頭を下げている。
転職できるような能力がないから、今の職場で働くことしか僕にはできないんだ。
精神的にきつくても、けっこう大きな企業で長年働き続けた甲斐はあって、給料はそれなりに貰えている。
家族を支え守るために必死で働いて、その分髪の毛はなくなっていった。
僕の髪が無くなるたびに、家族の幸せが増えていった気がする。
のろまで不器用で冴えない男。そんな僕でも、家族のために必死で頑張ることが出来ている。
バーコード頭を見るたびに、ハゲた分、頑張ってきた、家族を守れてきたと思える。
だから、このバーコード頭は、僕にとって勲章のようなものなんだ。
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