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海の唄を愛しき君に
作者:小鳥遊梓
この作品は弥生 祐さん主催である5分企画参加作品です。第三回を迎える今回は【動物】がテーマです。5分企画と検索すれば素晴らしい作品へとあなたを導くでしょう。

 ある一人の少女が、白で統一された病室の中でベッドに横たわる少年の手を握っていた。少年は難病で、その命は既に蝋燭ろうそくに灯された火のよう。
 少女が泣いている。
 しかし、少年は笑っていた。

「泣くなって。つーかさあ、クジラの歌って知ってる?」

 少女は目頭に溜めていた雫を拭うと、ゆっくりと首を振る。

「仲間とのコミュニケーションに使うんだけどさ。俺、一度でいいから聞いてみたいんだ、動物学者になんのが夢だからね」

 途切れ途切れの掠れた声。
 ゆっくりと目を瞑ると、それが少年の最後の言葉になった。
 

―――――

「――ッパァ!」

 限りなく透き通った蒼から、水しぶきと共に現れた女性が一人。
 彼女、蒼咲美久あおさきみくは、ここハワイ島でクジラの研究をしている一人である。ただ、彼女の目的はそこに在らず。

 クジラの歌――というものがある。

 コミュニケーションを目的としてクジラが発する一連の音である。特にザトウクジラが発する、反復的でパターンが予測可能な音で、その発声が学者には人間の歌唱を想起させるために「歌」とよばれているのだ。
 元々クジラと出会うケースは少ない、さらに歌うという場面が限りなく稀であるため、このように島に来て研究しているわけであるが、そもそも彼女が歌を聞きに来た理由は他にある。

 彼女の友人が、昔から聞きたがっていたものなのだ、このクジラの歌というものを。ただ、今は亡き友であるが。

「蒼咲、もうこの辺にクジラはいないから上がってきな」

 ふと、近づいてきた船の乗組員が声を掛けた。
 彼女はそれに応じると、船まで泳ぎ、そして船へと体を上げた。彼女を包んでいた大量すぎる海水が、ウェットスーツに張り付きながらも抵抗をなくして滴り落ちていく。
 全身は黒く塗りつぶされていながらも、彼女の四肢は華奢で、年相応の20代の体が綺麗に際立っている。――否、ウェットスーツだからこそ、彼女はより麗しいのかもしれない。
 
 ……遠くで巨大な噴水が海上に吹き上がる。限りなく小さく見えたそれは――そう、潮吹きである。噴水なんかでは現すことができないような、ただただ巨大な水しぶきは、周囲に塩水を振り撒いて儚く海上に散った。無数に叩きつけられた飛沫は、さらに水の飛ぶ範囲を広げていく。
 これは水面近くで息継ぎをするときにのもので、クジラの鼻孔は頭頂部にあるため、背中から潮を吹き上げるように見えるのだ。
  
「むう、あれじゃあ遠すぎよね……」

 呟いて、彼女はため息をつく。
 その後、一向にクジラどころかイルカすら見当たらず、研究員達は途方に暮れている。特に、蒼咲美久は肩を落として項垂れていた。
 苦労して研究員の仲間入りを果たしたというのに、亡き友に聞かせる歌もないのだから。
 結局、その日はそれ以降クジラは現れなかった。


 ◇

 ……

 雨が、降り出した。
 ぬいぐるみ達が並ぶ典型的な少女の部屋で、彼はただひたすらに雨が降り頻る外を見つめていた。

「――慎吾――慎吾っ!」

 少女の呼び声、それは確かに慎吾と呼ばれた少年に向けられている。
 対して、少年は振り向かないまま、応答した。

「ん――? 何さ美久」
「何でずっと外なんか見てるの?」

 少女の問いに、彼はくすりと笑う。

 ――いいか? 窓に耳を傾けるとな、カエルの歌が聞こえてくるんだ

 ふーん、と対して少女は適当に相槌を打った。


 ……

 ◆

 虚眼が捕らえる先にあるのは蒼穹に塗りつぶされた液体――海。ぐらぐらと揺れる船上は、振動する我が身と共に酔ってしまいそうだ。
 天気は晴れ。
 この空がそう示している。
 だがしかし、クジラはおろかイルカすらいないこの光景は、昨日と同じ景色のようで船上には緊張感と、ため息が漂っていた。

 一人が言う。
 今日はもう引き上げよう――と。

 却下。
 だがそんな私的干渉は、しかし研究員の身では虚無に近い。しかし彼女は言うのだ、「もう、少し粘りましょう」と。
 しかしそんなものは不必要だ。無意味、皆無、病的、邪魔――

「オイ! 見ろあそこ!」

 唐突に、一人が叫んだ。
 同時――反射的に全員がその一人が指した方向に振り向く。その、叫び声じみた呼び掛けの先、諦めかけた意志を浮上させた声の先には。
 蒼穹の画用紙に一つ穿たれた、藍掛かった黒い巨体が海上を浮遊していた。

「おい、直ぐに潜れ!」

 先刻まで諦め退こうとしていた男が、怒鳴り付けるように声を張り上げる。
 彼女は直ぐに装備を整え海へと飛び込んだ。
 ヒレ、ウェットスーツを身につけているとはいえ、やはり水抵抗というのはゼロではない。突風の中ひたすら傘一つで突き進んでいるような、そんな感覚。彼女にとって、それは邪魔くさい。クジラは、あんなにも優雅に漂ってるのに。

 歌を歌うオスのクジラは、俗にシンガーと呼ばれている。
 頭を上に向けながら、彼らは時として三十分近く歌い続けるという。
 この歌う状況に遭遇出来るのは、ただクジラに会うだけでは遠く及ばない。
 そんな稀な状況に、彼ら研究員は遭遇したのだ。

「〜〜♪ 〜〜♪」

 広き海に、遠雷めいて流れるクジラの歌は――そう、例えるなら小学校の校庭。はしゃぎ回る子供達の、あの声に窓から耳を傾けているような。
 毎日騒がしくも賑やかな、あの透き通って純心なソプラノボイス。それは、比喩的な意味ではあるが、喩えるならばそんなありふれた雰囲気を醸し出すものだった。

―――――


 ねえ、聞こえてる? あなたが聞きたかったクジラの歌だよ?

 あなたが聞きたかった歌はこんなにも賑やかで透き通ってるよ

 ねぇ、この海の歌に、あなたはどれだけ恍惚しているの?

 聞こえてるよね? あなたにも、このクジラの歌が――


  ――THE END――
如何だったでしょうか?ウザったい、駄作、帰れ?結構。でもこれだけは覚えておいてください【貴方は、もういない大切な人のために、自分の限られた時を捨てられますか?】
五分企画
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