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眠れぬ夜は、羊を数える。
作者:きよこ
弥生祐様主催「5分企画」参加作品です。
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 互いのすべてをむさぼるような激しいキスも。
 肌を這っていくごつごつとした手の感触も。
 体の中心を貫く快感も。

 ただの本能。

 彼の手が太ももをなぞって、焦らすように往復する。やがて到達するその指の感触に、私は腰をあげて、「早く」とねだっていた。
 彼の荒い息遣いに、ひたすら呼吸を合わせて。
 彼と私が繋がることに満足する。

 たとえ体が繋がっても、心までは繋がることはないのに。





「羊が21匹……」

 ぽつりと出た言葉に、寄り添うように眠っていた彼が「なに?」と笑った。
 今、私の横で寝息を漏らしていたのは元彼であって、彼氏ではない。
 別れてからもう三ヵ月も立つ。なのに、私と彼は、こうして体だけの関係を続けている。
 彼は私と別れてすぐに、別の女と付き合いだした。そのくせ、「体の相性はお前との方がいい」なんて言って、週に一度、私のところに通ってくる。
 端的に言ってしまえば、セフレに成り下がったのだ。

 空洞になった心に、空しさだけが残る。
 生ぬるい風だけが吹きぬけて、肌に残る湿気に嫌悪感を抱くように。

 いつの頃からか、私は夜に眠れなくなった。
 心配した友人が、ふわふわした羊の抱き枕をくれた。
 眠れない夜には、羊の数を数えるなんて、あまりに初歩的で平凡すぎる方法を、私はひたすら毎夜繰り返す。
 羊の抱き枕を、人の温もりに変えて。


 最初の内は、彼といれば安心して眠りに落ちることが出来た。
 程よい倦怠感に包まれながら、彼はまだ私のものだと醜い独占欲を迸らせる。
 彼が、己の欲望を満足させるためだけに私のところに来ているなんて、すぐに気付いた。けれど、わざわざそんなことを思い知る必要なんてない。だから、考えないようにしてた。



「羊が94匹……」

 寂しい夜。彼は彼女と愛を語らい、二人だけの時間を積み重ねていく。
 私はただひとり、この小さな羊を相棒に孤独な時間を費やすだけ。

 少しだけ開けた窓から、長雨の余韻が匂いとなって零れる。

「羊が61匹……」

 何度眠れぬ夜を過ごせば、私は私を愛してくれる人を見つけることが出来るのだろう。
 抱き枕にすがりついて、寂しさを紛らわすような真似を、あと何回繰り返せばいいのだろう。

 彼の腕に包まれても、もう眠ることは出来ない。




「男は皆、狼だよ」

 友人は自嘲に似た笑いを顔に張り付かせ、何を当たり前のことを、とため息をつく。

「羊と一緒に狼も数えれば?」

 そしたら眠れるんじゃない? と意味不明なアドバイスをくれる。
 私は「そう」とだけうなずいて、足の先からどっぷりと堕ちていく感覚に囚われる。
 脱け出せない、蟻じごく。
 何をすればいい? どうもがけばいい? 答えを見つけるには、どうすればいい? 



「ねえ、彼女と別れて、私とやり直そうよ」

 目を潤ませ、柔らかい体を沈ませ、彼の胸に唇を這わせて。彼にすがりつく。

「悪いけど。俺はあいつが好きだから」





 男なんて、どいつもこいつもただの狼で、目の前にいる羊を食い尽くすことしか考えてない。羊が何を思い、何を求め、何をしようとしているのか気付きやしない。
 久しぶりの煙草を口にくわえ、墨を落としたような真っ黒な空を見上げる。
 くゆらせた煙がとうとうと空に流れていくのをただ眺めて、ふと、ベッドにうつぶせになった彼を見る。

「羊が32匹……」

 羊だけしかいない私の言葉。異質な狼を混ぜれば、狼は何を思い、何を求め、何をしようとするのだろう。
 いつの間にかギリギリまで燃えてしまった煙草の灰を、そっと彼の手に降らせた。
『狼と子ヤギ』。童話のあの世界で、狼は子ヤギを騙そうと、その手をヤギと同じ白に変えた。
 騙された子ヤギは、狼に食われてしまうのだ。
 羊もヤギも、狼に食われる運命。

「羊が52匹……」

 誰かを愛したい。無性に、ただ一人を。求めてる。
 内臓が内側から絞られるように、きりきりとした苦しさだけが支配する。

「……羊が百八匹」

 煩悩の数。百八つ叩いたところで、消えるわけない。
 人は欲望だけをむさぼる。
 相手の気持ちなんて、お構いなしに。

 彼のことじゃない。私のことだ。

 寂しいから彼を拒否できない。彼を無くしたら、この寂しさを何で埋めればいい?
 体だけでもいい。繋がっていたい。
 愛がなくてもいい。抱かれていたい。
 ……私は私を支えるために、こんな考えを捨てなければならない。

 灰で白く染まった彼の手にそっと触れる。少し冷えている。私は彼の手を温めようと、その手を両手で包んだ。
 愛に包まれていると錯覚にさいなまれ、彼の胃液に溶けてしまいたい。
 ――だけど。

 閉じられたまぶたにそっとキスをして、彼の体に顔をうずめる。
 クーラーの風を浴びた体は、氷のように私を冷やした。

 ……私はしょせんただの『女』だ。
 自分を哀れみ、可哀想だと憂いて、孤独に酔う。
 強かに生きる力を隠し持ち、それを見せずに自分の人生を嘆く。

 吸いさしの煙草をもう一度手に取る。彼の腕から抜け出て、また空を仰いだ。
 羊の目をした月にそっとキスを送ったら、天に上る煙が、月に傘を創り出した。
 ベッドの脇に眠る、羊の抱き枕を強く抱きしめる。
 私に残った、最後の砦。私にとっての正義の味方。

 私にはこの子がいる。だから、大丈夫だ。

「あんたといるよりは、寂しくない」

 彼に聞こえるように大きな声で叫ぶ。彼は起きない。

「羊が71匹……」

 おとぎ話はいつだって狼が負けるのだ。腹を割かれ、井戸に落とされ、その罪を思い知るのだ。
 そうして私は、哀れで滑稽なその醜態をさらして、それでもなお、強く――。

 
 

 眠れぬ夜は、終わらない。
 寂しさは消えることはない。
 だから私は羊を数え続ける。

「羊が32匹……41匹……狼が1匹」

 私を食らう狼を思い、正義の味方の羊を抱いて、浅い眠りに落ちる夜。

お読みいただきありがとうございました!

作者のお遊びで、羊の数にもこっそり意味があったりします。
お遊びですので、話にはあんまり関係ないのですが、お暇でしたらぜひ解読してください(笑)
ありがちな手法ですので、すぐわかると思います。

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