九頁『・・い・・っ・・て・・き・・ま・・す・・』
僕は真面目に学校へ通いながら、殺人計画を練った。
いつでもどこでも、少しでも暇があれば考えた。
日時、場所、シチュエーション、武器……。
シミュレーションゲームみたいで、すごく楽しい。
その日を迎えたら、運動会の前日みたいに興奮して眠れないだろう。
想像するだけで、気分が高揚する。
逆に殺されるかもしれないのに、高揚する。
ウットウしさがウソなほどスガスガしくスバラしいほどキモチがイイ。
身体に特に異常がなかった季衣は、翌日には退院して、以前にも増して僕に甘えるようになった。どこへ行くにも行き先を尋ね、可能なら一緒についてきた。食卓では常に僕に話題を振り、夜は僕が寝たか小声で確かめたりする。鬱気味なあの頃の僕を気遣ったのだろう。関心を持たれて悪い気はしないけど、大事には至らなかったにしろ、大変な目にあったのは季衣の方だ。自分が気遣われるべき立場だというのに、頼りない兄にはもったいない妹だ。
三年に進級した僕は、浮いた一、二年の頃が嘘みたいにクラスにとけこんでた。常に人の輪の中にいて、軽口を言い合ったり笑ったり、年相応の喜怒哀楽をごく自然に表情で表した。組織とは便利なもので、僕が学校で起こした傷害事件は、暗黙の了解で葬り去られてた。なんて都合が良いのだろう。もっと早く利用すべきだったと、今更反省する。
その中に、お婆ちゃんの事故現場に居合わせた女の子もいた。図書館の前で執拗に質問し、血を浴びた僕を奇異な目で見た彼女だ。あのときのことはお互い口にしないけど、時々僕の方を黙って見てるときがある。こちらはどうも、葬り去ったわけではないらしい。まあ、あの現場を直視したのだし、無理もないか。
黙って見るといえば、担任の先生もよく僕を見る。授業やテスト中、机の間を歩きながら訝しんだ視線を送ってくる。まるで問題児にでもなった気分だ。二人とも、僕の異変を察知したかもしれない。外見的には親が満足する普通の温厚な優等生に戻った僕を怪しむ人は、彼女と先生と妹だけだ。まさか殺人計画を企んでいるとまでは思わないだろうけど、警戒は必要だろう。
でも、近所の評判はすごく良かった。事件を犯した後のインタビューで、真面目で良い子が殺人を犯すなんて信じられない、と答える姿が目に浮かぶ。学校のやつらは、二年に起こした傷害事件を持ちだして危ないやつだと言うだろう。テレビに出演する優越感から、あることないことを得意げに答えるやつも多分いる。首から下で声も誰だか分らないくらい高く変えられるのにな。想像すると滑稽で笑える。まあ、もともと自分に無関心だから気にしないけど。
でも季衣のことは、悲しませると考えるだけで心が痛む。
殺人鬼の妹と悪口を言われて嫌な思いをさせるだろう。僕を怨んでくれると有難いが、きっとそうはしない。優しい季衣のことだから、笑顔を失って毎日泣き暮らして心を閉ざす道を選択するはずだ。そんな姿は考えたくもない。
それでも僕はこう思う。殺されるよりはずっとましだと。生きさえていれば、小さくても必ず良いことが訪れる。閉ざした心を開いてくれる相手と出会い、子供をたくさんつくって幸せな家庭を築くのだと。そうでなければ、僕が殺人を犯す理由を失ってしまう。
僕は狂人だけど、理性を手放したわけじゃない。
一番悩んだ武器は、意外な発見で即決した。
僕は料理を作ったことがないから、普段どんな包丁が使われているのか知らなかった。
テスト勉強で深夜の夜食に、焼きおにぎりの冷凍食品を食べようと思った。鋏で封を開けようとしたけど、いつもあるべき場所にはなくて、仕方なく包丁を使った。
流しの下の扉に並んだ一本を手に取り、鋏よりも鋭く引き裂く。凍ったおにぎりをレンジで温めながら、ふと僕は、さっき使った包丁に見覚えがあることに気付いた。種類は出刃包丁で、柄が黒ずんでて全体的にかなり古い。でもほとんど抵抗なくアルミの包装が切れるくらい、カミソリのようによく切れた。
「簡単なもので良ければ、何か作ってあげるわよ」
振り返ると、台所の入り口にお継母さんが立っていた。音を聞きつけてきたみたいで、薄いカーディガンの下はネグリリジェだ。
「これ、前からあったもの?」
冷蔵庫を開けて手を伸ばすお継母さんに、僕は包丁を見せる。
言い淀むことなく、まるで忘れてたお歳暮を発見したみたいに、すぐに返答がきた。
「どれ?ああ、それはお義母さんの押し入れにあったものよ。大事なものかなと思ったけど、切れ味が良さそうだし、包丁も使ってもらった方が嬉しいでしょ?」
僕は思い出した。その包丁は、物置部屋で見たものだ。人形が片付けられる前のあの空間で、死刑台の机に寝かされた人形の顔を突き刺してたあの包丁だ。
僕は柄を握りなおし、鈍い光を放つ波紋をまじまじと見詰めながら想像した。
もしかすると、人間に使っていたかもしれない。何人の柴田の体内に侵入し、血を吸ったのだろう。どれだけの怨念を浴びて呪われたのだろう。人とモノとの区別が混ざり合うほど刺して、刃が欠けて研ぎ、そしてまた刺してはまた研いだのだ。
頭の中で鉄板を軽く弾いた旋律が流れる。季衣に貰ったオルゴール。僕の子守唄……。嗄れた声が、リズムに合わせて歌いだす。
……刺したら研いで、研いだらまた刺して……。
「これ、僕知ってるよ」
……穢れた包丁で皆の食事が作られるよ……。
「やっぱり大事なものだからさ」
……洗ってもぬぐえない呪いの糧を……。
「僕が清めるよ」
……喰らって皆は生き続けるよ……。
これほどフサワしいブキはホカにない。
暗記した柴田智明の家に電話をかけた。奴を五年も知っていたのに、言葉を交わすのはこれが初めてだ。でも緊張はしなかった。冷静に番号を押し、目は音を消したパソコンの動画を楽しんだ。
状況によっては、すぐに対応できるよう装備も予め整えた。お婆ちゃん愛用の包丁も忘れずに内ポケットにしまう。遠足の持ち物を揃えるようで楽しい。
電話にでたのは奴の妻だった。僕は自分の名前だけを告げて、旦那にかわってもらうよう促す。用件を尋ねられ、お宅の旦那を殺しにと説明する自分を想像する。笑みを浮かべたのは、たぶん動画が面白いせいだ。
もうすぐ未亡人になる予定の彼女は、僕の密かな期待を裏切る言葉を用件の前につけ加えた。
「主人は来年の八月まで海外へ出張に出かけたけれど、急ぎの用件かしら?」
「……海外へ出張?一人で?」
僕らを殺す計画ためのアリバイづくりではないかと疑った。
「五人だけれど、どうして?」
僕は電話をきった。一人の同僚のために、関係ない四人が人殺しに加担するとは考え難い。大体、そんな長期間も会社を休んでたらバレるし、奴の妻が警察に失踪届けをだすはずだ。
でも同僚が柴田智明とグルならどうだろう。季衣が殺されかけたのも奴の仲間の仕業で、出張先に柴田智明も一緒にいると口裏を合わせたら。
いや、柴田智明を盗聴したかぎりでは、几帳面で家庭的だけど、自室にこもって会社に対しての不満をくどくど愚痴る小心者だ。誰かを脅して仲間に率いれるほど器用でもカリスマ性があるとも思えない。だとすると、出張も或は本当なのかもしれない。盗聴されてたことも含めて、すべてが計画のうちならすごいけどね。
けど、まさか僕が電話をかけるなんて、さすがに思わなかっただろう。自分の家庭を守るための必死な作戦だとしたら、奴よりも聡い僕によって崩れたわけだ。狐が獲物を玩ぶように、僕らが恐怖で震えるさまを楽しもうと思ってたのなら、残念だったねと皮肉たっぷりに言ってやる。だって僕は、大人しい獲物では、もうないからさ。
時間をたっぷりくれて感謝する。うんと海外を楽しむと良いよ。僕を先に殺さなかったことを、後悔させてやるからさ。
『追記』
その後の行動、または殺人計画の詳細については、想像に任せることにする。だって、計画通りにならなかったら、恥ずかしいからね。ただ、少しでも理由があった方が、殺された相手も納得してくれるんじゃないかと思って記してみた。確かめようがないけどね。
言っとくけど、僕は殺人鬼なんかじゃないよ。人を殺して快楽を得るような悪趣味な感情は持ってないし、自己の正当性を主張して世相を風刺してやろうとも思わない。あれだけ渦巻いた、あらゆる私怨や正義も、今の僕には欠片さえ存在しないんだ。
この感情を説明できる名称は見あたらない。僕の根幹だからかな。本当に大事なものは、言葉に変換できないと言うしね。
こんな説明で理解を求めるのは酷だけど……いや、理解されなくても構わないけど、僕として生きられて幸せだったとだけは、信じて欲しい。
迷惑をかけてごめんなさい。
季衣に悲しい思いをさせてごめんなさい。
僕を止められない僕でごめんなさい。
では、時間がきたから、いってきます。 |