現代の医学がトラック転生に打ち勝ったら
「と、言う訳であなたは手違いで寿命より早く死亡してしまいました。お詫びと言っては何ですが、誰もが憧れる剣と魔法の世界に転生させて差し上げます」
テーブルを挟んだ向かい側に座るメガネの女性はほとんど表情を変えず淡々と今の状況、そしてこれからの事を説明していく。
内容自体は突拍子もない夢みたいな話であったが、彼女の言葉には妙な説得力があり、さらに俺に残っている最期の記憶が目前に迫るトラックだったことから割りとすんなり彼女の話を信じることができた。
「……こういう時ってさ、ただ転生させてくれるだけじゃなくてなにか他の人とは違う特典を付けてくれるみたいなのがあるんじゃないの?」
「ええ。第二の人生を全うできるよう、鋼の肉体と剛力、毒や麻痺などへの各種耐性などを付与いたしました」
「お、おお。凄い……」
家族や友達に会えないのは辛いが、なんだかちょっと楽しみになってきた。
メガネの女性は椅子から立ち上がり、着いてくるよう促す。
「ではさっそく転生作業に入りましょう」
「ああ……うっ」
椅子から立ち上がった途端、なんとも形容し難い感覚が体に走った。
今まで一切表情を変えなかった女性が、俺を見て僅かに眉を上げた。
「……これは驚きました。私はヒトを侮っていたようです」
「なっ、なんだよコレ。なんか気持ち悪い……吸い込まれてくみたいだ」
俺は苦しみのあまり女性に助けを求めて手を伸ばすが、彼女がその手を取ることはなかった。それどころか、彼女はもはや俺を見てはいなかった。俺のずっと後ろを見て、彼女はどこか満足げに頷く。
「素晴らしい。あなた達の技術はもうこんなところにまで来ていたのですね」
「た、たすけ……」
だんだん意識が遠のいていく。
「それは差し上げます。人類への賞賛として」
次に目を覚ました時、俺の体は病院のベッドの中にあった。周りには看護師、医師、それから涙を流す母ちゃんと父ちゃんがいて、みんな俺をじっと見つめていた。
「……あれ、な」
俺が疑問を声に出すより早く、母ちゃんが俺に覆いかぶさってきた。
「あっ……あんた死にかけたんだよ! よかった、戻ってきてくれて本当にっ……!」
「へ? あ……ごめん……母ちゃん」
母ちゃんが酷く泣くのを見て、俺は一瞬でも次の人生に思いを馳せたことを申し訳なく思ったのだった。
後から話を聞くと、どうやら俺はトラックにはねられたものの即死は免れたらしい。とはいってもほとんど死にかけていたのだが、たまたま運ばれた病院にいた医師がスーパードクターだったらしく、俺の体はツギハギだらけになってしまったものの一命を取り留めたのだという。
あの女性との出会いは麻酔やらなんやらのせいで見た夢だったのだろう……という予想は早々に裏切られた。
「あの……なんか凄い体が痛いんですが」
病室に来た看護師にそう訴えると、彼女は首を傾げながら点滴に目をやった。
「痛み止めは投与してるんだけどね。点滴もそろそろ変えどきだし、もう少し強い薬を入れてみましょうか」
「お願いします」
看護師はすぐに新しい点滴を用意し、古い針を抜いて新しい針を腕に刺した……いや、刺そうとした。
しかし針は一向に腕に刺さらない。看護師がいくら力を入れようと、俺の皮膚は一切針を通さなかった。挙句の果てに針のほうが折れ、微かな音を立てながら床に落ちてしまった。
「あっ……ええと、ちょっと待っていてくれる?」
看護師は必死に冷静を装っていたが、動揺しているのは明らかだ。
同じように俺も動揺していた。針を通さない体。あの『夢』の話が脳裏に浮かぶ。
『第二の人生を全うできるよう、鋼の肉体と剛力、毒や麻痺などへの各種耐性などを付与いたしました』
鋼の肉体……まさか。
俺は慌ててひげ剃りの替刃を取り出し、恐る恐る指に当て、ひとおもいにスライドさせる。が、いくらやっても何度やっても皮膚が切り裂かれ血が流れ出すことはなかった。
「……切れない」
彼女は確かに最後言っていた。それは差し上げます、と。
つまり、そういうことなのだろう。
その晩は地獄だった。
腕に針は通らず、経口投与された鎮痛薬も麻痺耐性や毒耐性の影響からか全く効かず、眠り耐性のせいか睡眠薬も効かず、一晩中痛みと向き合わざるを得なかった。
しかし傷の治りは驚くほど早く、わずか三日で退院することができて傷もほとんど残らなかった。
後遺症もなく以前と変わりない生活を送れる……かと思ったのだが、やはりそうもいかなかった。
「アーッ! またやっちまった!」
壊れたエンターキーを見ながらがっくりと肩を落とす。
文明が中世レベルの異世界なら良いのかもしれないが、現代文明で多用される精密機器を扱うのに強すぎる力は時として邪魔になるのだ。なにをするにも、なにを触るにも、細心の注意を払わねばならない。
この力をなんとか生かせないかとボクシングジムへの入門も考えたのだが、俺が人なんぞ殴れば頭を砕きかねないのでやめた。なんせ本気を出せば鉄を飴のように曲げることもできるのだ。
こんな力、文明の進化したこの世界では何の役にも立たないどころかあっても邪魔なだけではないか。どうせなら「記憶力向上」とか「世渡りが上手になれる」とか「偉い人に気に入られる」とかそういう能力を頼めばよかった。
とはいえ、せっかくもらった人とは違う力。なにかに利用せねば損だ。
俺は必死に考えた。そして、割とすぐに思いついた。
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部屋で一人、パソコンの画面を見ながら声を押し殺して笑う。
パソコンのキーボードは特注の鋼鉄製だ。滅多な事では壊れやしないし、壊れたとしてもかまわない。また買えば良いのだ。
「うっへっへ、1千万再生突破……!」
有名動画サイト「I TUBE」に鉄を素手でこねくり回してハニワを作る動画を上げたところ、それが大ヒット。俺は世界一の怪力として、そして超有名I TUBERとして名を馳せることとなった。この間なんてテレビ局からオファーがあり、たくさんの芸能人の前で怪力を披露してきたところだ。この力のおかげで俺は名実ともに一流エンターテイナー。
だが悩みがないわけではない。
最近、俺の真似をして動画を上げる人間が増えてきたのだ。
「チッ、また増えてやがる」
俺の真似をした動画を上げたユーザーはザッと100人以上。中にはかなりの再生数を稼ぐ者もいる。
どんなトリックを使ったかは知らないが、鋼鉄を素手で曲げられる者など俺くらいなものだ。そのうちタネがバレて消えるのがオチだろうが、やはり気に食わない。
苛々して天井を仰ぐと、壁に掛かった時計が目に入って我に返った。
「おっと、もうこんな時間」
そろそろ俺の出演したテレビ番組が放送される時間だ。俺はテレビの前で正座をし、チャンネルを回す。
その時、見覚えのある顔が映ってふとその手を止めた。
「……あ、先生じゃん」
俺を救ったスーパードクターが画面いっぱいに映し出される。どうやらインタビューを受けているようだ。
『一人の死にかけた少年を救ったのですが、その時に画期的な治療法を発見して――』
「これ、俺のことかな」
先生のインタビューが終わった後画面が切り替わって女子アナが映し出され、こう結んだ。
『先生はそれからトラックに撥ねられた100人以上もの患者を救っています。まさにスーパードクターですね』
「はえー、すごいな先生。俺みたいなのが100人も……ん?」
俺みたいなのが、100人以上。
「俺みたいなの」が……?
「……いや、まさかな」
俺のパフォーマンスのパクリ動画が並んだパソコンの液晶を横目に見ながら、苦笑いを浮かべるのだった。