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隣の外国人

作者: 目262

 俺の住んでいるアパートの隣室に外国人の一家が引っ越してきた。小柄で温和そうな夫婦と男の子で、見た所アジア系らしいが、国までは判らない。近年増えてきた不法入国者だろう。この田舎町は物価が安いので、殊更多いのだ。

 不景気の中、この様な人々が職を得るのは難しく、隣人達は低賃金の小さな工場で働きだした。仕事振りは真面目で、工場主は重宝しているらしい。

 しかし、右派の政治家達が治安の悪化を理由に不法就労者を厳しく取り 締まる法律を作ってから事情は変わった。雇用者も同様に罰する為に、工場主は夫婦を解雇してしまった。追い出された工場の前で途方に暮れている二人を見た時、俺の胸は微かに痛んだ。

 この頃から、隣人達は荒んでいった。それまで薄い壁越しに聞こえてきた暖かい笑いは、夫婦のいがみ合いと子供の泣く声に取って代わられた。廊下で擦れ違う彼らの表情は暗く、目付きは鋭くなっていった。

 こういう場合の行末は決まっている。父親は犯罪組織の仕事に手を染め、夜の町でごろつき共と飲んだくれる様になった。

 ある日、警察の一団がアパートに踏み込んできた。田舎町では警察の中にも知り合いがいることがある。この時も警官の一人に幼馴染みがいたので事情を聞くと、麻薬の摘発という事だった。

 次々に連行される住人達を見送っていると、その中に隣の夫婦がいた。二人の後を追おうとした子供は警官に取り押さえられ、悲痛な叫び声を上げた。

 その声に振り返った夫婦の視線が一瞬、俺と重なる。

 淀み切った沼を思わせる黒い瞳の奥底で絶望と恐怖、怒りが堆積し、俺を凝視している気がして、何も言えず顔を伏せた。

 手入れが一段落して撤収する際、幼馴染みの警官が声をかけてきた。

「お前の隣人夫婦の交友関係で、知っている事を教えてくれ」

 適当に返事をした後、彼に尋ねた。

「連中、強制送還か?」

「いや、奴らに帰る国はない。裁判の後は砂漠の収容所行きだ」

「……俺達の先祖だって元々は外国から来たのに、彼らは厄介者か」

「この国がフロンティアだった時代はとうの昔に終わったのさ、チャール ズ」

 そう言って警官は帰って行った。自室に戻る時、隣室の扉が開いていたので俺は思わず中を覗き込んだ。

 警察が乱雑に荒らした室内で、見慣れない旗が壁に掛けてある。あの一家の祖国の旗か。

 純白の布地の中央に真紅の丸が描かれているその旗を見て、遠い昔、子供の頃の教科書に隣人達の国の事が載っていたのを俺は思い出した。

 大地震と温暖化の為に海に沈んだ、その国の名は……。

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