第五十七章 予兆
クラウスは次のロザリアとユーグの対面がいつになるのか、固唾を呑んで見守っていたが、翌日からユーグが大量に血を吐き倒れてしまった。すると銀の龍が姿を現し、宮中を抜け出すと、海上を真っ直ぐキタイ方面に向かったのを多数の人々が目撃した。
最高諮問会の老臣たちをはじめ、貴族連中は蜂の巣を突いたような大騒ぎになったが、大神官の『ジルニトラ』の主で金の龍と銀の龍を引き連れておいでになる方を皇帝にお迎えすれば良いと言う発言で、キタイのエスコバル公爵を迎えれば良いと言う方向に意見が固まりつつある。
そんな中で、ロザリアの母、レオンハート公爵夫人・エスターが予定よりも早く出産した。レオンハート公爵家始まって以来の青い瞳に淡いブルーの髪の男の子が生まれた。父である公爵はアンガスと名づけた。
産声がすると同時に、かねてより女神がクラウスに告げていたように聖なる剣『シャボンヌ』が飛来し、その途端に邸内の枯れ井戸に澄み切った水が滾々と満ち溢れた。
すると、クラウスが隠し持っていた『パンテラ・レオ』、そしてロザリアが首から提げているロケットに納めていた『チチェック』が共に反応し、三本そろってレオンハート邸の上空を舞った。
その途端にレオンハート邸内の人々は銀の龍の魔法から解放された。
ロザリアは自分であの指輪を外し、クラウスが夫であり胎内に子がいる事を思い出した。
「なあ、クラウス君、ユーグがロザリアちゃんに会った時、色々感情的に反応したんだろう?あれほど注意したのになあ。まあ、結果が悪くないから、良かったんだが……」
『シャボンヌ』が飛来した日にクラウスはマークに報告に行ったのだが、『ジルニトラ』も反応して煩いらしい。
「聖剣が大騒ぎするんで、銀の龍が異変に気がついてユーグから抜け出てしまった。そして、僕を呼びに来た。それをブルサ中の多くの人間が目撃したので、『ジルニトラ』を掲げて、金の龍・銀の龍と共に近いうち、オルテスに向かう事になる」
古から、偉大なる皇帝は金銀の双龍を引き連れて、鏡の如き海の水面よりオルテスに入るとされている。初代皇帝がそうであった。
「僕の中に二つの龍を納める事は可能なんだが、疲れやすかったり、思いがけず感情的になったりで、やはり具合がよろしくない。やっぱり僕の番である人に銀の龍の器の役を担って欲しい」
ユーグの転生先は目処は立っているし、京子の孫に当たる赤ん坊が生まれたので、後は『銀の龍の全き器』にふさわしい魂をオルトに迎え入れなくてはいけないらしい。
「やはり、我々の娘の魂では不十分なのですね」
「すまない。だが、京子さんの孫の肉体に宿る魂と肉体を交換するのだから、地球ではそれなりに幸せに生きてゆけるはずだ。その、あの京子さんが無理をしてでも戻りたがった場所なのだから、それなりに良い場所だ」
「ロザリアが、京子様のお孫さんの姿を見たのですが、余りに自分にソックリで驚いたそうです」
「可愛い赤ちゃんだから、きっと周りの皆に愛されて幸せに暮らせる。心配なら、こっそり様子を見に行けばよい」
「うちの子と魂を入れ替えるその、京子様のお孫さん……ひょっとして」
「ひょっとするよ」
「ああ、やはりそうなのですか。宿る魂はロザリアと同じ魂で有り、存在でも有った方ですね」
「ただねえ……これは、あくまでこちらの都合だ。京子さんにしてみれば、オルトの連中と縁を切って、孫娘としての一生を全うするという選択肢だって、十分ありえるんだよ……寧ろ、番になる予定のユーグにはそのほうが良いぐらいだ」
「魂のつりあいが悪いのではないですか?京子様とユーグ皇太子では」
「京子さんは『育成する』と言う特殊技能を持った強い魂だからね、ユーグの魂がそれこそ思いもよらないほど、高い次元の魂に育つかもしれない。丁度、クラウス君、君のようにね……それもアリかもしれないが……僕は皇帝にさせられちゃうんで、やっぱり京子さんの助けが必要だ。そうじゃないと、また、銀の龍の器が壊れる」
帰宅してクラウスはロザリアと胎内の娘の魂を交換するか、否か、話し合った。
「京子様の御家族、伊丹家の方々は本当に良い方たちですし、まだ幼い力の無い魂が伸びやかに生きてゆくには、あちらの環境の方が良いと思います。銀の龍の器なんて、責任が重過ぎますもの」
「私はね、ロザリアのことが心配なんだ。『地球人としての京子様』が地球に戻り孫娘に転生するだけの事で、『オルトのロザリア』にはあたかも何も悪い影響が無いかのように女神様は仰るが、私や殿下の考えは違う。やはり、元は一つであった魂が別々の世界に分かれて存在する状態になれば、ロザリアは力が弱まるのではないかと心配だ」
すると、ロザリア自身も、自分の力が弱ってしまうのではないかと気にしているという話になった。
「やはり、これは『地球人としての京子様』にも、オルトに戻って頂きたいね」
「ええ、番である方に迎えに行っていただくのが一番良いのかもしれませんね」
それがクラウスとロザリアの結論で、マークの意見と一致したのであった。
そんな話をした翌日、マークが居るブルサの宮廷に程近いクシャダスの海の沖に、『后の剣・ヴイーヴル』が現れたらしい。ロザリアの元を『チチェック』は離れて、『ヴイーヴル』と共に海上で浮いているようなのだ。
すると、その同じ日にロザリアは急に産気づいた。
邸の者は上を下への大騒ぎで、有ったが、どうも状態が思わしくないのだ。陣痛が定まらず、始まったと思ったら、また止んでしまう。つい先ごろエスターがアンガスを生んだ時は、大変な安産だっただけに、様子が違いすぎる。心配なのは、ロザリア自身の体力が低下しているように見えることだった。クラウスはロザリアの手を握り締め、女神の言葉を待った。
「これは、魂が定まっておらぬゆえじゃ」
女神の言葉を受けて、マークは金の龍・銀の龍と共に、急遽地球へ向かった。ふさわしき魂をオルトに迎え入れるために……『チチェック』と『ヴイーヴル』もマークに付き従ったようだ。
同時に、滾々と眠り続けていた皇太子ユーグの容態も一変する。
マーク一行が晴れやかな表情でオルトに戻ったのと、ロザリアが娘を産んだのと、ユーグが眠る様に息を引き取ったのは、ほぼ、同時で有った。
「殿下、あなたが帝位につかれて真の番とする娘の名です、我々よりも殿下に付けていただくべきなのではないかと思いました」
クラウスは、マークに名づけを依頼した。
「娘がファティマだから、ハディージャとかアーイシャとかも考えたが……全然違う趣でフェリシアとしようか。ロザリアちゃんの娘・フェリシアちゃん、語呂も悪くない」
「どういった意味が有る名なのですか?」
「古い地球の言葉で、幸運を意味する」
「ありがとうございます。ロザリアもきっと喜ぶでしょう」
「僕は、ちょっとフェリシアちゃんに、会って行っても構わないかなあ?」
「どうぞ、御一緒に参りましょう」
生まれたばかりのフェリシアは、産着に包まれ、乳母に連れて来られた。黒い髪に斑に銀色の髪が生えている。オルトでは見たことも無いような風変わりな髪だ。
「女神様の力と銀の龍の力を持ち合わせている、そういう意味なのだろうな」
マークの見解は、恐らく正しいのだとクラウスも思った。そして、目は銀の龍の器にふさわしい真紅で、泣きせず、マークとクラウスを見た。
「抱っこさせてくれ」
マークは少し不器用な手つきで、フェリシアを抱いた。
「ああ、なるほどね。はいはい」
手の角度を調節し、少し抱き方を変える。
「……いや、全く、そうだよ。でもまあ、頑張るから、どうぞお手柔らかにね」
「殿下?フェリシアは『心話』を使いますか?」
「ちょっと違うように思う。龍の力だな……ん?ああ、そうなのか」
「クラウス君やロザリアちゃんとの意思疎通は、あと、半月ほど待って欲しいそうだ。色々都合と言うものもあるらしい」
それから、マークはフェリシアとの意思の疎通を繰り返し、かなり楽しんでいた。
「ごめん。体は、まだ生まれたての赤ちゃんだものな。疲れさせるといけないから、今日のところは失礼するよ」
マークは去り際に、フェリシアに手をふり、小さな手にまるで貴婦人にするようなキスを一つ落とした。すると……驚いた事に生まれたての赤ん坊が恥ずかしげに顔を赤らめた……少なくともクラウスには、その様に見えた。
クラウスは、その様子をロザリアに語って見せてから、溜息をついた。
「私達の娘と言うより、やはり、あの方の番なのだな」
「大人の魂が宿っているのですもの、仕方が無いですわ。でも、きっと、子供らしい可愛らしい部分もあるはずです。だから、あなたも余りがっかりなさらないで」
めでたく新しい銀の龍の器が定まり、心配な事がとりあえず無くなった所で、マークは伝説の開祖皇帝と同じ海上からのルートで聖剣『ジルニトラ』を掲げて、オルテスの宮殿に入り帝位に就いた。
「金の龍・銀の龍って、本当にいるんだ!」
「女神様の声って、あんなふうに響くのか」
「幾本もの聖剣があるんだね。こんなに凄い皇帝陛下は開祖様以来じゃないか?」
オルトで一番の大富豪でも有る新しい皇帝は、オルテスの主な酒場・食堂の酒を買い取り、全て無料で飲みたいものに振舞った。それ以降、街は大いに活気付き、オルテスは往年の賑わいを取り戻した。
「皇帝陛下って、キタイでは色好みで鳴らした方よね。後宮にはどんな方たちがお入りになるのかしら?」
「あんな方なら、一夜の慰み者でも構わないわ、私、お相手願いたい~」
「皇后陛下は決まってらっしゃるんですって。女神様や双龍様の御意向で決まったらしいのだけど、まだ、生まれたての赤ちゃんですってよ」
「ええ?陛下って、三十は過ぎていらっしゃるんじゃないの?」
「そうなんだけど、皇帝陛下と皇后陛下は不老不死でいらっしゃって、何百年も何千年も御一緒だから、三十かそこらの年の差も、余り関係ないんですってよ」
「でも、その方がお育ちになるまで、皇帝陛下は御不便じゃない?」
そのころ女達の噂の的である幼い「皇后陛下」は白い産着に包まれて、夫の腕の中で安らかに眠っていた。
「これから、色々有るだろうけれど、一緒に仲良くやってゆきたいものだね、奥様」
マークは愛らしいほっぺにキスを落とした。
ロザリアとクラウスは、この風変わりな夫婦がオルトをこれからどのように変えて行くのか、適う限り傍で見てみたいと思うのであった。そして、出来うる限りの手助けをしたいとも願っていた。
一旦これで最終話となります。
続編「双龍の絆」
http://ncode.syosetu.com/n9227m/
執筆中ですので、どうぞ宜しくお願いいたします。
【恋愛遊牧民R+】
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