真面目です。割りを食う役目ですが、そのうちに良い事も有るかと・・・
第五章 クラウス
「ほお・・・良い男じゃ。殆ど魔力は無いがロザリアの大きな助けとなろう。もう少し魔力さえあれば、夫となることも叶うのだが・・・惜しいの」
クラウスは小さな光の塊が、古の石版の上に立つロザリアに向かって言葉を発するのを、呆然と見つめた。余りの事に腰を抜かして、立っている事が出来ない。幾ら女神の末裔とは言え6歳に満たない幼いロザリアが堂々としているのに対して、自分はなぜこうも無様なのか、クラウスは情けなかった。
「何と、立てぬか・・・まあ良い。良く聴け男。そなたは終生ロザリアのなすべきことを支え、助けよ。それこそそなたの生まれた意義、運命じゃ」
「クラウス、よろしくね!」ロザリアはにっこりして言った。
「夫には出来ぬ男ゆえ、罪作りな事はするでないぞ、ロザリア」
「はい」
人の気も知らないで、何気に姫様も残酷だとクラウスは思った。
「クラウスとやら、色々男として辛い事もあろうが、心して努めれば良い事も有ろう。ロザリア、ますます励み、智恵有る人の言葉に耳を傾けよ。では、次にあう日を楽しみにしている」
言いたい事を言ってしまうと、女神と思しき光は消えた。
女神との遭遇から遡ること5年、ロザリアとクラウスの関わりは、ロザリアが歩けない頃から始まっていた。
クラウスはレオンハート公爵家の分家筋で譜代の家臣の家に生まれた。騎士身分にふさわしい教育を受けるため12歳から「騎士見習い」として帝国の首都・オルテスに有るレオンハート家の邸に入った。
その日の翌日、庭で剣の修練を済ませて、休んでいた所、いきなり幼い女の子の声がした。
「クラウス!ロザリアを抱っこして!」
驚いて声がしたほうを見ると、中年のメイドに抱かれたロザリアがニコニコして、手を振っていた。
「姫様、クラウスさんはまだ12歳ですし、お邸に参ったばかりですよ」
「いいの。マリアは今からお仕事だけど、クラウスはお休みだから」
確かに、そうだが、その理解力と言うか状況判断に驚愕した。まだ1歳にもならない子が、こうもしっかり会話出来るなど聞いた事が無い。
「マリアさん、私はどうすれば・・・」
クラウスは途方にくれた。国許で幼い弟や妹の面倒は結構見てはいたが、どの子も歩けるようになってからのことであったし、主君の一人娘を自分なんかが抱っこして良いものなのだろうか?
「そうねえ・・・姫様を抱っこしてあげて」
「ええ?構わないのですか?」
「姫様がそうおっしゃるんだし、今休憩中なんでしょ?」
「はあ、まあ・・・」
「大事な御用があるなら、乳母のイネス様か、執事のマルク様にお預けすれば良いんじゃない?」
そう言い置いて、古参メイドのマリアはクラウスにロザリアを渡した。
ロザリアを抱っこしてみて、驚いたのだが、何か良くわからない心引かれる良い香りが仄かにする。幼い子が香水を使うはずも無いのだが・・・。抱っこされ慣れている所為か、いささかも重く感じない。
「クラウス、イネスの所でお菓子食べよう」
「姫様のお菓子を私なんかが頂くわけには、参りません」
「一緒に食べるの!」
「よろしいのですか?」
「いいの。あ、そこを曲がるとイネスが居る」
ロザリアの言葉通り、廊下を曲がるとイネスの姿があった。
「イネス~、クラウスとおやつ食べるの!」
「クラウスさんと御一緒におやつですか?」
「ロザリアのを半分こして、食べるの」
「今日は大きなカボチャのプリンですよ」
「クラウスとイネスとロザリアで食べるの!」
イネスはにこやかに3人分のおやつの支度をした。
「姫様はミルクですか?お茶ですか?」
「お茶!イネス、ふーふーしてね」
クラウスには薫り高い熱々の茶が、ロザリアには小さな愛らしいカップに入れた「ふーふー」した茶が出された。大きなカボチャプリンはロザリアの好物らしく、ご機嫌である。
「おいしいよ、クラウス食べよう」
「姫様、クラウスさんが大好きですか?」
「うん、大好き」
それを聞いて、クラウスは何だか照れてしまった。
乳母のイネスが言うには、ロザリアは驚くほど人をきちんと見ていて、抱っこをねだるのは確実に自分を運んでくれそうなそうな者に限るらしい。おやつを一緒に食べるのは特に気に入った人間であるという。
「私は今日初めて姫様にお会いしたのですが、気に入って下さったのですか?」
クラウスもロザリアとの会話に慣れてきて、直接尋ねてみた。
「あのね、クラウスに、ロザリアのお手伝いを頼むの!」
「姫様のお仕事のお手伝いですか?」
「うん。大事なお仕事。頑張って欲しい」
黒い瞳は実に真剣だった。
はて、一体どのような事をさせようとこの方は考えているのやら?
後になって、「大事なお仕事」の重みと重要性を思い知る事になるが、この頃のクラウスには姫様の遠大な計画と野望がまるで見えていなかった。
それでも言葉や行動と幼い外見が不釣合いなロザリアを、不思議な方だとクラウスは感じ始めていた。
「クラウスさんは、色々大変なお仕事が有るようですね」
イネスは苦笑いしながらも、目は笑っていない。
「クラウス、お勉強も頑張ってね。図書室の本を早く全部読んでね。ロザリア、待ってるから」
この表情からすると、真剣に待っているらしいので、驚いてしまった。
「まあ、姫様、あの凄い量の本を全部ですか?」
イネスも自分の膝の上でプリンを頬張るロザリアが、重々しくうなずくのを見て、驚いていた。
「難しいお仕事なの。お勉強が大事なの。ロザリアもお勉強したい」
クラウスは昨日初めて許しを得て入った邸内の図書室の様子を思い返した。あの膨大な書籍を読むなんて、一体どのぐらい掛かるのだろう?自分は武芸は得意だが、本を読むのは苦手なのに・・・気が重い。
それでも、カボチャプリンは美味いし、腹も減っていたからクラウスはいつの間にか綺麗に平らげ、おかわりのお茶を飲んで考え込んでいた。すると・・・
「クラウス、お勉強だよ」ロザリアが窓を指差す。
「あら、本当ですね!ティボー先生がいらしたようよ」
帝都の大学の学長の職にあるティボーは、レオンハート領内の農民の息子で、若い頃は現当主であるジョシュアの家庭教師を務めながらレオンハート家の支援を受け、大学者となった。
ジョシュアが身分にこだわりが薄いのは、師匠の影響を強く受けた所為だとされる。
「それでは、失礼いたします。おやつごちそうさまでした」
「お勉強、がんばってね」ロザリアはイネスに抱かれながら、もみじのような手をひらひらと降った。
「明日も一緒におやつね」
「はい。では、行って参ります」クラウスは深々と頭を下げると、ティボーが向かっている図書室目指して走りだした。
国許では幼い頃から山間の土地を走り回っていたので、クラウスの足は速かった。高齢で肥満したティボーより一足早く図書室の入り口に辿り着く事が出来た。
「・・・ふう、やれやれ」ホッとする間も無く、
「おう、おう、君がクラウス君かな?」朗々と響くテノールで、ティボーが呼びかけてきた。
「はい。初めまして。クラウス・ド・ピネと申します・・・」
「ああ、格式ばった挨拶は良い。クラウス君、私は農民の子だ。知っているか?」
「ティボー先生の御高名と業績は、シュビッツの村の誇りです」
「で、君は世が世なら私の御領主様と言う事になる」
「ピネ家は公爵様から『女神の台座』とシュビッツ・ピネ2ヶ村の監督を命じられているに過ぎません」
「いや、どうしてどうして、君は皇帝直属の騎士となるよりレオンハート公爵と共に有る事を選んだ廉直の士・心正しき騎士の末裔にふさわしいようだ」
「先祖の名を汚さぬよう、精進致します」
「では、手加減は無用だな。公爵様からも君をしっかり鍛えて欲しいと伺っている」
「そうなのですか」
「ご期待に沿うべく、頑張り給え」
ティボーは言葉通り厳しかった。
毎日の講義にゲッソリするクラウスを「おやつ」で励まし、時には「クラウスの御本、読んで」とねだって講義内容を復習させ、疑問をぶつけて理解すべき内容を整理させてきたのは何を隠そう、幼いロザリアだった。おかげでクラウスはオルト全体の歴史・宗教・地理について、深い内容を理解できるようになり、あの女神遭遇事件の少し前には「大学の入試を受けたまえ」とティボーに言われるまでになった。
だが、5歳かそこらで知識・学力とも既に大学の学生のレベルに到達していたロザリアは、クラウスと共にティボーの講義を受け「すばらしいです、姫様」と言わしめるようになっていた。
「クラウス君は秀才だが、姫様は女神様の申し子だ、奇跡だ。その方のお手助けをするには君も私も相当精進せねばなるまいな」と、時折ティボーは溜め息をついていたものだ。
生まれ故郷のピネに程近い『女神の台座』、高山植物の花畑の中に謎の文字が刻まれた人が二人ほど乗れそうな大きさで四角い白大理石の石版が有るばかりと言う謎の遺跡は、クラウスの生家・公爵家の譜代の臣ピネ家が管理を任されてきた。女神様にお願いすべき用件があるから、『女神の台座』に行くとロザリアが言い出したのは、ロザリアがもうすぐ6歳、クラウスが17歳の夏の事だった。
公爵夫妻は実にあっさりとロザリアの願いを許可した。
生まれて初めて見るはずの『女神の台座』に刻まれた謎の文字をなんとロザリアは読み解き、台座に乗り天に呼びかけると、眩しく輝く光が舞い降り、ロザリアとクラウスに語りかけたというわけなのだ。
姫様は紛れも無い女神の申し子なのだ。その方を支えよと言われたのだから、その役目を精一杯果たそう。
以来、努力と誠実の人クラウスは精進を重ね、大学を主席で卒業し、合理的な会計処理を隣国キタイで学び、ロザリアの事業の発展に大いに尽くした。
皆さん、作中の人間関係はご理解頂けているでしょうか?
心配です。メインの人物は10人以下に抑える予定ですが、どうなるかな・・
【恋愛遊牧民R+】
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