トーチャンが幼女になった
朝起きたら、トーチャンが幼女になっていた。
俺、愕然。トーチャン、気付いてない。家、騒然。
緊急家族会議の末に病院に行こうという事になった。
検査をするも何もわからず、世界中で突如として男性が幼女化するという謎の奇病が流行っているという。
つまり、トーチャンも突如としてその病気を発症してしまったという事らしい。
とりあえず、通院をするように言われて、それでおしまいになってしまった。
そして、わけもわからないままに日常生活は再び始まっていく。
トーチャンは幼女になっても性格が全く変わらない。
ちなみに見た目年齢は大体だが10歳くらいだ。
中学生の妹からすると、突如として妹が出来たような気分らしい。
とはいえ、中身がトーチャンなので着飾らせたりが出来ないのが残念らしい。
オレはと言えば、戸惑うばかりでどうしたらいいものかちっともわからない。
とりあえず、風呂上りにパンツ一丁で出歩くのはやめてほしい。
毎朝、トーチャンは子供用のスーツをパリっと着こなして新聞を読んでいる。
新聞が大きく感じるせいで読むのが大変だと言って、テーブルの上に新聞を広げてそこに突っ伏すようにして読んでいる。
なんかちょっとかわいい。
そして朝ごはんの時間になると、前と変わらずに必ず納豆と味噌汁を食べる。
ただ、大したこだわりはないらしく、インスタントの味噌汁でも別に文句を言わない。
納豆もひき割りや小粒や大粒、なんであろうとも文句は言わない。しかし、めかぶ納豆だけはダメらしい。
そして朝食を終えると、トーチャンは車……ではなく、電車で会社に行く。
アクセルに足が届かないらしい。届かせると外が見えなくて危ないらしい。
仕方ないので自転車で駅まで行って電車通勤だそうだ。
若いころに戻った気分だとトーチャンは笑っていたが、見た目は若いどころか幼い。
家から子供用の自転車で出勤していったトーチャンを見送って、オレは自分の学業を成就するために学校に行く。
学校はいつもと大して変わりない。
強いて言うならうちの担任が黒髪の清楚そうな美少女になっていたが、まぁ些細な事だろう。
そして、学業を終わらせて駅に向かっていると、トーチャンから電話が来た。
なんと自転車が盗まれてしまったらしい。
なぜ鍵をかけなかったのかと聞いたところ、あんなもん盗むやつおらんだろうと思っていたみたいだ。
残念ながら今の時代、なんでも盗むやつが居るのでその考えは甘い。
仕方なく急いでいつもよりも一本速い電車に飛び乗って自宅の最寄り駅に辿り着く。
トーチャンは駅の近くの喫茶店で優雅にコーヒーを啜っていた。
急いだオレがバカみたいだった。
トーチャンを自転車の後ろに乗せて、オレたちは家路につく。
普段よりも少しだけ重い自転車。背中にしっかりとしがみ付いてくるトーチャンの感触。
途中で見知らぬオバチャンに妹さん? 仲が良くていいのね、と言われた。
父です、息子です、と互いに自己紹介をしたら、頭のおかしい人を見る目で見られた。
落ち込んでしまったトーチャンを半分くらい無視して家路を急ぎ、家へとたどり着く。
トーチャンは自転車を盗まれた事をカーチャンに怒られていた。我が家のカーチャンは怖い。
とりあえず、寒いから冷えただろうと言ってカーチャンは風呂に入ってくるように言った。
たしかに寒かったのは確かなので、ありがたくその通りに風呂に入る。
トーチャンも当然のようについてきた。
たまには男同士の語らいをしようって? まずは自分自身の体に生えてる息子を取り戻してから言ってくれ。
とはいえ、いいからちゃっちゃと入れという我が家のカーチャンの号令には逆らえるはずもなく。
オレとトーチャンは大人しく一緒に風呂に入った。
背中流してくれや、とトーチャンに言われてその通りに背中を擦る。
いつもと同じような力加減で擦ったら痛い痛い痛い! と怒られた。
今の俺の柔肌をカサカサお肌にするつもりかと怒られた。
頼むからカサカサお肌とか言うな。
あと、土下座でも何でもするからこっちを向いてくれるな。
そうして風呂を終えた後、トーチャンはいつものようにビールを一本だけ飲みながらだらだらとテレビを見る。
ただ、前と違うのは、そのビールがノンアルコールだという事だ。
今の体になってからアルコールの周りがよくなったらしく、肝臓も見た目相応なのでノンアルコールにしろと医者に言われてその通りにしているらしい。
そうして夕食後の穏やかなひと時を終えた後、我が家はいつも通り眠りにつく。
そして翌日、俺は体の微妙な変調を感じ取っていた。
昨日は冷えたせいだろうか。期末テストも近いし、大事を取って病院に行くことにした。
病院に行って、インフルエンザの疑いもあるので血液検査をしたら、幼女化現象の前兆と言われた。
わけがわからない。
幼女化を止める事も出来ないので、男として悔いを残さないようにしなさいと言われた。
もう本当にわけがわからん。
とりあえず家に帰って、俺はトーチャンに電話した。
オレも幼女になってしまうと相談して、最後に何をすべきかなと尋ねた。
トーチャンはまずソープに行って来いと言われた。確かに童貞は捨てたいが、今この状況で言うべきことか。
他になんかないのかと尋ねたところ、男にしか出来ない事をやっておけと言われた。
とはいえ、男にしか出来ない事って何かあるだろうか。
分からずに唸っていると、トーチャンは実に簡潔にこういった。
「男にしか出来ないこと……それはな、女装だ」
ああ、うん、そうだね。女に女装は出来ないもんね。
けど、そういう能天気なのは控えてくれた方がうれしかったよ、トーチャン。