073ー勇者のまえに ちんぴら か゛ あらわれた。
涼しげな秋風が人々の間を吹き抜けた。
露天商では、色鮮やかな果物や野菜が籠に盛られている。
気温が下がって、活動し易くなったこともあり、青果市場は大盛況であった。
呼び込みの声と、客との値切り合戦が、市場通りの両側に並ぶ露天商から響いている。
右腕を青髪青瞳のシェラに、左腕を橙髪桃瞳のリュリュに抱き付かれながら、
光一はデートを楽しんでいた。
光一たちの前方を、アリエルが興味引かれるままに、ふらふらと歩き回り、
光一たちの後方を、白色の軍服姿のアリアが辺りに眼を配りながら、ゆっくりと歩く。
光一は金髪緑瞳のアリアへ振り返った。
「アリアさんも私服で来れば良かったのに」
礼服のような聖騎士団の白色の軍服姿のアリアが佩いていたバスタード・ソードの位置を直す。
「私は聖騎士の服の方が着慣れておりますので」
「俺はアリアさんの私服が見たかったなぁ」
「…………機会があれば」
膨れっ面のシェラが光一の右腕を引っ張った。
「そんな堅物の服などより、
わたくしの服の方が遥かに、高価ですわ。
このデートのために、新調したのですから。
わたくしの発案を元に、有名裁縫師が最先端の流行を取り入れた、
世界で一着だけの、わたくし専用のデート服ですわ!!」
肩口に白いレースが揺れ、丈の短いライトグリーンのカーディガンに、
胸元からスカートの端へ八の字状に二筋のレースを帯びている若草色のワンピースを自慢げに翻すシェラへ、
反対側にいたリュリュが口を挟む。
「シェラ様。その説明、すでに4回目ですよ」
鼻で嗤うシェラ。
「ふっ。愚かですわね
一流の絵画や彫刻を見なさい。
本当に良い物とは、いくら語っても色褪せないものですわ」
と、シェラがさらに布の織りの説明を重ねようとした時――、
「嫌! 止めてください!!
放して!!」
女性の悲鳴を聞いた瞬間、
光一は二人の手を振りきって、駆けだしていた。
「何をしている!!
その人を放せ!!」
黄緑色のセミロングの女性の腕を掴んでいたチンピラ風の男が眼を眇める。
「ああん。
何だ? 兄ちゃん」
「その人が嫌がっている。
手を離せ!!」
「あッ?
テメェに、何の関係があるんだよ?
事情もわかんねぇくせに、首を突っ込んで来るんじゃねぇ!!」
「確かに関係は無いかもしれないな」
「なら――」
「だが、嫌がってる女性を見ない振りするほど、
人間、終わってない!!」
腕を掴んでいたチンピラが嘲りの表情で双眸を細めた。
「へぇ。……格好良いなぁ。
そうそう。良いこと教えてやるよ。
そういう、お節介野郎は……――早死にするんだよ!!」
後ろ手に持っていたナイフを投げつける。
キン!
アリアがバスタード・ソードを抜刀一閃、ナイフを叩き落とした。
「なんだテメェは……」
意気込むチンピラを、
隣の茶色のフードを被った男が止める。
「止めろ。
そいつの服を見ろ。
聖騎士だ」
「チッ。
なんで聖騎士が」
「引くぞ」
「覚えてやがれ!!」
唾を吐いたチンピラと、フードの男が去って行った。
光一は、へたり込んだ20歳くらいの女性に駆け寄る。
「大丈夫ですか?」
「……は、はい」
遠巻きに眺めていた人々がざわめきだすのを見、
アリアはバスタード・ソードを納刀した。
「コウイチ殿。人が集まっています。
場所を変えましょう」
「そうだな」
*
「先ほどは助けて頂き、ありがとうございました」
6人掛けのテーブルで、光一の対面に座った黄緑色のセミロングの女性が頭を下げる。
光一たちは大衆食堂のテーブル席を囲っていた。
昼時も過ぎ去り、食堂は閑散としている。
頭を下げる女性に、光一が片手を振った。
「当然のことです。
それで…………まず、名前は?」
「あっ、ごめんなさい。
先に名乗るべきでしたね。
私はシンクレア・カラルと申します。
王都より西北にあるトリアの村で薬師をしています。
クレアと呼んでください」
「俺はコウイチ。
隣がアリアさんに、シェラ。
ジュースを飲んでいるのがアリエル。
クレアさんの隣がリュリュだ」
「改めて、助けて頂き、ありがとうございました」
「当然のことをしただけです。
それより、あいつらは何者だったんですか?」
「私の村を納めている領主様か、
隣の領地の領主様の手の者だと思います」
「なんで、領主がクレアさんを?」
胸に手を当てるシンクレア。
「多少、長い話になってしまいますが、宜しいでしょうか」
「ああ、構わない」
一度、周りを見回してから、シンクレアが話始める。
「大元の原因は、私たちの領主様が唐突に、お城を建てたことから始まるのです」
「城?
この時期に?」
「はい。
街道から少し外れた山中に、
とても美しい白亜の城が建てられたんです。
それだけならば、良かったんですが、
お城を建てた代金を回収するために、領主様が村の税を増税したんです。
お城の建設と同じ時期くらいに、
私たちの村の裏山に極僅かしか採れなかった希少な薬草の群生地が見つかりました。
私たちの村は歓喜に沸きました。
根こそぎ採るようなことはせず、きっちりと管理して採取したとしても、
今までの5倍程度、収穫できるようになったんです。
ですが、突然、領主様がその薬草の税を今までの10倍、払うように通告してきたんです。
村長が抗議すると、麦の税も今までの2倍に跳ね上げてしまいました。
薬草の税が10倍、
麦の税まで2倍に上がってしまうと、
今年は豊作とはいえ、
私たちが食べていく分と来年の種籾の分、ギリギリしか残りません」
「横暴ですわ」
「そんな、10倍も」
「…………酷い」
シェラが細眉をひそめ、
リュリュが泣きそうな顔になり、
光一が眉間に皺を寄せ、
アリエルとアリアが小首を傾げた。
「ん~? 10倍?」
「それは、もしかすると順番が――」
「それだけではありません。
隣の領主様が急に、裏山は自分の領地だから、
入るなら立入料を払えと言ってきたんです」
「そこは隣の領主の土地なのか?」
「いいえ。隣の領主様の土地と隣接してますが、
隣の土地からだと崖があって、
山へ入る登山道すらありません。
それに今まで、土地税を払ったこともありませんし、立入料も同様です。
ずっと昔から、私たちの村で活用し、
私たちが手入れをしてきた大切な山です」
腕を組む光一。
「裏山で薬草が採れるようになって、領主たちの目が眩んだか」
「…………ええ、村でもそう噂されています」
「ですが、それだけでは、シンクレアさんが襲われる理由にはならないと思いますが……」
小首を傾げるアリアに、
シンクレアが頷く。
「はい。
領主様と、隣の領主様には私と同年代のご子息様がおられます。
そのお二人から結婚を迫られているんです。
お二方とも、私が結婚するならば増税や立入料を見逃すと…………」
「――脅迫か。
親も親なら、子も子というわけだな」
眉を顰める光一に、
困ったような表情を浮かべたシンクレアが頬に手を当てた。
「よし!!
その依頼、引き受けた!!」
「……え?」
「村の増税と山の立入料を、領主たちに撤回させる」
「宜しいのですか?」
「勿論だとも!!」
シンクレアとアリアが驚き、
シェラとリュリュが陶然と光一を見上げた。
シンクレアの話に飽きたアリエルはテーブルに頬を付けて、聞き流している。
「コウイチ殿。
待ってください」
右手を翳すアリアに、
光一はキッと目許を引き締めた。
「……アリアさん。
今、こうしている間にも、村人たちは困っているんだ!」
「いえ。そうではなく、私たちが不当と判断することではないような気がするのです。
税率が本当に不当なら、村長から国へ直接、直訴できる制度があるはずです。
正当か不当かは、国の判断に任せるべきだと思います」
「アリアさん。
それじゃ、遅いんだよ。
彼らが苦しんでるのは、今なんだ!!」
「いえ。ですから……」
「受けるべきですわ!!
民を安心させるのが、勇者の役目ですもの。
大将軍の企みを看破したコウイチ様なら全然、平気ですわ!!」
シェラは胸の前で両手の指先を合わせる。
「ですが、コウイチ様の名前を出したら、大騒ぎになってしまいますわね。
コウイチ様の名前は有名ですもの」
茶髪を掻き上げる光一。
「あ~~、有名なのも考え物だよな。
なんか、別の名前を名乗るか……」
「いいえ。コウイチ様の名前は変えるべきではありませんわ。
変えてしまったら、コウイチ様の手柄とわからなくなってしまいますもの」
腕を組んで天井を見上げる光一。
「ん~~。
俺の名前を変えずに、俺だと判らない名前か……。
難しいこと言うなぁ。
あっ、そうだ!!
『偽勇者』を名乗ろう!!」
「偽勇者……ですか?」
小首を傾げるシンクレアに、
光一が肩を竦める。
「友人が、そう言う名の冒険者パーティーのリーダーをしていてね。
うん。それなら、誰にも迷惑をかけない。
俺は『偽勇者パーティーの冒険者コウイチ』と言うことで、宜しく」
悪戯っぽい笑みを浮かべる光一を、
「コウイチ殿。
待ってください!!」
アリアが再び制した。
「実在の冒険者パーティーの名前を騙ることは、冒険者ギルドの規約に反するはずです」
名前を騙ることを懸念するアリアに、
光一は自信たっぷりな笑みを見せる。
「大丈夫だよ。アリアさん。
名を偽って悪いことをすれば、犯罪だ。
詐欺だからね。
だから、仕事をきっちりと達成して、
成功報酬を受け取らなければ良いんだ。
クレアさんたちは救われるし、
無名の竜斗たちは名声が上がる。
ほら。誰にも迷惑をかけない。
俺たちはただ働きだけど、それが勇者ってものだからね」
光一はアリアへ片目を瞑った。
「それに、本当の名を隠して人々を救うのは、勇者としての常套手段なのさ」
「そうですわ!!
大将軍の謀略を見破ったわたくしたちが、辺境の村の依頼ごときで失敗するはずがありませんわ!」
「そう言うこと」
額を二本指で押さえていたアリアが顔を上げた。
「それならば……フィーを待った方が良いと思います」
「残念。
フィーはルキア姫から頼まれた依頼で、しばらく帰ってこないよ~」
テーブルに、ぐてっと垂れているアリエルと、
人差し指を振るシェラ。
「嫌なら、アリアは抜けてもかまいませんわよ。
わたくしとコウイチ様に任せるべきですわ」
「…………。
トリアの村は西北にあるのでしたね」
アリアの涼やかな視線に、
シンクレアが頷く。
「は、はい。そうです」
「…………わかりました。
力に成れるかどうかわかりませんが、私も同行します」
柳眉を下げるアリアに、
頬を膨らませるシェラ。
「むぅ~。
折角、コウイチ様と二人きりになれると思いましたのに」
*
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