003ー勇者は まほうし゛ん を しらへ゛た。
竜斗は小型ライトを点けた。
アルバイトに使う道具は、常時、身に付けている。
神殿の中の魔法陣のある部屋は、暗闇に閉ざされていた。
外は、二つの月で明るさが保たれているが、窓が一つもないこの部屋は闇の中に沈んでいた。
竜斗はライトで周囲を照らしてから、部屋の隅に移動し、床に光を当てる。
「埃はない。でも、手摺りは磨耗してない。
滅多に入らず、掃除だけされてるってことか」
天井を照らした竜斗は、眼を眇めた。
天井にも魔法陣が彫り込まれている。
地面の魔法陣と天井の魔法陣を見比べていた竜斗は、納得したように頷く。
天井の魔法陣も、床に彫り込まれた魔法陣とまったく同じ形をしていた。
次に、膝を突き、床の魔法陣を子細に調べ始める。
石に彫り込まれてると思ってたけど、違う。
金属? でも、金属にしては光沢が鈍い。
竜斗は爪で引っ掻くが、魔法陣は傷付かない。
次に、10円玉を取り出し、魔法陣の外側の床を引っ掻くが、やはり、傷一つ付かなかった。
逆に、10円の方が、僅かに削れたぐらいである。
「未知の金属?」
まあ、魔法陣やら召喚魔法がある異世界だからな。
驚くほどのことじゃないか。
竜斗は床の魔法陣の中心にある紫色の水晶球らしきものに、光を当てた。
「これは?」
竜斗は、思わず声を上げた。
あちこちから、光を当て、水晶の内部を調べてた竜斗だったが、ライトを消すと、地面に腰を下ろした。
「あ~~、ダメだ。
わっかんねぇ。
アイツだったら、何か掴めたかもしれんが、電子機器に弱い俺じゃ、さっぱりわからん」
竜斗は胡座をかいて、頬杖を付いた。
まあ、水晶の中の模様が、電子回路と決まったわけじゃないか。
この世界なら、魔法回路にでもなるのか?
「気が済みましたら、お部屋へ戻って頂けませんでしょうか」
竜斗が反応するより早く、首筋に長柄が当てられ、光が部屋を満たした。
……気配の欠片も感じなかった。化け物かよ。
一つ、吐息を吐いた竜斗は、両手を上に上げた。
「振り向いて良い?」
「はい。どうぞ」
手を挙げたまま、振り向くと、目の前にモップの長柄を突き付けたメイドの姿があった。
メイドの右手には、宙に浮かぶ光の玉。
竜斗は初めて、明るい場所で、しかも正面からメイドを見た。
濃紫の髪のメイドは、恐ろしいほど秀麗な美貌だった。
黒に見紛う濃い紫のストレートの長髪に、金の瞳。
服装は、青系に近い紫のメイド服に、黒のストッキング。
その美貌と相まって、人間離れしているように見える。
なるほど。コウが、話しかけたがるはずだ。
竜斗は、頭を掻いてから、宙に浮かぶ光の球を指さした。
「それって、魔法?」
「はい。正確に言えば、魔術ですが。
それで、リュウト様。このような所で何を?」
「道に迷っちまってね。
知ってる道を歩いてきたら、つい迷い込んじまったんだ」
メイドは右手で口元を隠し、コロコロと笑う。
「窓から出て、外壁を下りるとは、斬新な道の迷い方ですねぇ」
「ああ。人間、挑戦心を忘れたら、そこまでだからな」
竜斗の首筋にモップを突きつけたまま、メイドは微笑んで小首を傾げる。
「随分と面白い人間ですね」
「そうか?
人が窓から出て、一生懸命、外壁を下りてるところを眺めているメイドさんの方が面白いと思うぞ。
てか、あの視線は、あんたのものだったんだな」
「あら。気づいていたのですか」
「まあね。仕事がら、人の視線には敏感なんだ。
で、立ち上がって良い?」
メイドは、モップを引いた。
「どうぞ。
お部屋まで、ご案内します」
「ああ、悪いね」
*
「なんで、俺を衛兵に突き出さない?」
城の通路を歩きながら、竜斗はメイドに訊ねた。
「確かに、褒められた行為ではありませんが、私個人の意見としては、嫌いではありません。
人から言われることを、諾々と呑み込み、素直に信じる。
それは、それで美徳かもしれませんが、私は自分の耳で聞いて、自分の口で話し、自分の眼で観察する方が、大事だと思っておりますので」
「ご希望に添えて、光栄の至り」
「もっとも、メイドの職務としては、お客様に怪我でもされたらことなので、勝手な出歩きは自重して頂きたいとも思っております」
「客でいる間は、心がける」
「ふふ。明日、正式にお披露目されたら、リュウト様も勇者ですね」
「勘弁してくれ」
「あら、私は、リュウト様は勇者らしいと思っておりますが」
「だから、あの時、部屋から出ようとした俺の前に、立ちふさがったのか」
「はい。
皆様は、コウイチ様の方が勇者にふさわしいと感じていたようですが、私と数人の騎士の方は、リュウト様の方が勇者らしいと思っていたようです」
「はあ?
なんでだよ?」
「リュウト様は召喚されて、目覚めると、すぐさま立ち上がって、周囲を警戒されたでしょう。
それに、抗議しながらも、冷静に周りを観察しておりましたし」
「あ~~、演技もバレてたのか」
「それは、もう。
ですから、リュウト様には勇者が合うと思います」
「止してくれ。人助けなんか、趣味じゃないね」
「あら、そうですか。
リュウト様は、助けを求めている人がいたら、自ら困難に飛び込んで行きそうですが」
「そんなわけないだろう。
そんなのは、コウだけだ」
「そうですか?
では、そういうことにしておきましょう」
部屋の前に着いた竜斗は、ドアに手をかけてから、ふと振り返る。
「ところで、メイドさん」
「はい?」
「メイドさんの名前は、何ていうんだ?」
「メイドさんです」
「は?」
「気さくに、メイドさんとお声掛けください」
二人は無言を交わした。
「ふ~~ん。なるほど、メイドさんね。
わかった。
じゃ、おやすみ。メイドさん」
大欠伸した竜斗は、部屋に入る。
「明日が、さらに良い日になることを願って。リュウト様」
後ろ手で扉を閉めた竜斗は右手で顔を覆い、大きな溜息を吐き出した。
「なんだよ、ありゃ。
なんで、所長クラス……いや、それ以上の『生き物』がいるんだよ。
なんで、そんなのが『メイド』なんかやってるんだよ」
ベッドに寝っころがった竜斗が天井を見上げた。
あのメイドはうん、アレだな。
触らぬ神に祟りなし。
*
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