001ー勇者は いせかい に しょうかんされた!
視界が白い光、一色に塗りつぶされる。
徐々に光が収まると、紫色に発光している魔法陣の上に、二人の少年が横たわっていた。
「「「「おおおおっ」」」」
中央に魔法陣しかない簡素な部屋に、どよめきが沸き起こった。
*
「「「「おおおおっ」」」」
ッ!! ……くそっ。ミスった。
低いどよめき声に、長身痩躯の少年は飛び起き、身構えた。
床から発光する紫の淡い光だけが照らす薄暗い部屋を、鋭い眼で見渡す。
少しずつ、眼が慣れていくにつれて、部屋の中に十数人の人影が見て取れた。
すぐさま動けるように膝を軽く曲げ、足を半歩開いた少年は、
その時、初めて、足下にもう一人、寝ていることに気づいた。
黒目黒髪の長身痩躯の少年は周りに鋭い視線を向けながら、
寝ている少年を片足で蹴り小突く。
「おい。起きろ。光一」
「うっ、……うぐぐぐ……」
呻きながら身を起こした茶髪の少年が、眼をぱちくりと瞬かせる。
「……どこだ? ここは?」
「さあな」
「竜斗、どういうことなんだ?」
「俺に聞くな」
竜斗と呼ばれた長身痩躯の少年は憮然と答えた。
光一は起きあがって、遠巻きに見てる人間に声をかける。
「あの……すいません。ここはどこですか?
俺たちは、黒い光に呑み込まれて…………あっ、俺たち怪しいものじゃありません。
俺は、柳光一。で、こいつは上白竜斗。
二人とも高校2年で――」
光一の言葉を遮るように、正面に居た小さな人影が前に進み出た。
「ようこそ、いらっしゃいました。
勇者様」
「はっ?」
「勇者?」
*
光一の前に進み出た少女は青い瞳に、青い髪をストレートに延ばし、
神官のような金糸に縁取られた白い服を着ていた。
「えっと……勇者って、どういうこと?」
「ここは、ファーレン王国と言います。
我が国では危機が起こる度に、この召喚魔法陣で『勇者』を召喚するのが習わしなのです。
通常ではファーレン王国、またはその周辺から召喚されるのが常なのですが、東方の方が召喚されるのは初めてです。
『仁』の国の方でしょうか?
それとも、さらに極東の『忍』の方でしょうか?」
「いや、……俺たちは日本人で……」
「ニホン……?
そうそう。申し遅れました。
わたくしは水の神殿の巫女をしております、シェラ・エスティン・ウィンデネル・フェリアースと申します」
「あ、はい。こちらこそ、よろしく。
いや、そうじゃなくて、……その『勇者』って?」
「はい。このファーレン王国に、『魔王』が現れたのです。
精霊の儀を行ったところ、あなた様が勇者として召喚されたのです」
「勇者?」
「はい」
「俺はかまわないけど……」
光一は、ちらりと後ろを一瞥する。
腕を組んだ竜斗が口を噤んで、こちらを睨みつけるように会話を聞いていた。
光一の視線に気づいたシェラは小首を傾げた。
「勇者様の従者の方が、どうかしましたか?」
「竜斗は従者じゃなくて――」
光一の説明を遮って、竜斗が口を開く。
「おい。チビ巫女」
「ち……チビ!?」
髪が逆立つようなショックを受けるシェラを無視し、
目つきの悪い竜斗がさらに眼を鋭くした。
「俺はコウの従者じゃない。
それから、俺たちは異世界の人間だ」
「異世界? ……別の世界という意味ですか?」
「そうそう。シェラさん。
俺も竜斗も、この世界の人間じゃないんだ。
俺の世界に、ファーレンなんて国はないし、仁も忍もない。
歴史上にも無かったはずだし」
「失礼ですが、それは勇者様たちが知らなかっただけでは……」
「残念だけど、それはないよ。
俺たちの世界……いや、国では、地球全土のことぐらいわかる所に住んでいたから。
知らないなんて……少なくとも聞いたことすらない国名なんて、ないからね」
「そうですか……。
勇者様の故郷のことは後で、ゆっくりとお聞きしたいと思います」
シェラは光一の前で片膝をつき、胸の前で手を組んだ。
「勇者様、わたくしたちの国をお救い下さい」
「わかった」
「断る」
二人の言葉が重なった。
全員の視線が拒否した竜斗に突き刺さる。
「勇者とやらは、コウがやれば十分だろ。
俺は、元の世界に帰らせてもらう。
チビ巫女。俺を元の世界に戻せ」
「私はチビ巫女などという名前ではありません」
「お前の名前なんざ、問題にしてねぇんだよ。
俺を元の世界に戻せるのか? 戻せないのか?
どっちだ?」
シェラが細眉をひそめる。
「あなたのような無礼な方に、答える気はありません」
「この……ガキ……。
ぶちのめされてぇのか」
途端に、壁際の数人から強烈な殺気が発せられた。
「お、落ち着けよ。竜斗。
シェラさん。竜斗も突然の出来事で、動揺してるんです」
手を振りながら、慌てて弁護する光一の後ろで、
「へぇ~」
竜斗は醒めた眼で殺気を放った数人を眺めていた。
どうやら、こいつらも一枚岩じゃないみたいだな。
チビ巫女を侮辱されて、殺気を放つ者、嘲笑う者、無関心を貫く者。
今、見る限り、3派……いや、4派の派閥か。
「お、おい、竜斗。お前も謝れよ」
光一を黙殺し、怒り心頭に発している演技を続ける竜斗は周りへ、声を張り上げる。
「お前らが元の世界に戻さないというのなら、俺は勝手にやらせてもらう」
踵を返し、出口へ向かう竜斗の前に、一人のメイドが立ちふさがった。
竜斗が眉を顰める。
「何の真似だ。
勇者は光一がいれば、俺はいらんだろう」
濃紫の髪のメイドが口を開こうとした時――、
「二人とも、勇者と認定します」
背後から、女性の声が響いた。
「お母様!!」
それに対して、シェラが抗議の声を上げる。
「今まで、勇者が二人だったことはありません。
こちらのヤナギコウイチ様、一人で十分だと思います」
青い髪の女性が透き通るような落ち着いた声で諭す。
「シェラ。今までの召喚の儀で2人以上、召喚されたこともありません。
ならば、どちらも勇者の資格ありとするのが正しい見方でしょう」
「そうかもしれませんが……」
「おい。俺は承諾した覚えはねぇぞ」
睨む竜斗に、シェラの母親が、ひっそりと微笑んだ。
「『精霊の儀』に逆らうことは、誰にもできません」
「そりゃ、そっちの都合だろうが」
「勇者に選ばれるのは、名誉なことなのですよ」
「使い捨てマスコットの、どこが名誉なんだよ。
だいたい、あんたらの国にも軍隊ぐらいあるんだろ?」
「ええ、ありますが。それが何か?」
「自分たちの手で自分のたちの国を守れず、何が軍隊だ。
たった一人で状況がひっくり返るって、どんだけ弱いんだよ。お前ら」
騎士の格好をした者たちから、叩きつけるような殺気が放たれた。
竜斗も殺気を放つ集団を睨み付ける。
「ま、待った待った。竜斗。
さらに喧嘩を売ってどうすんだよ。
勇者ってのは、騎士の人たちとともに魔王を斃すもんだろ。
だいたい、俺たちが斃すべきは魔王であって、内輪で争うことじゃない」
間に止めに入った光一が、両者を大声で諫める。
緊迫した雰囲気を崩すように、シェラが大げさに溜息を吐いた。
「わかりました。
カミシロリュウト……でしたっけ。
あなたが魔王を斃せたのなら、元の世界に帰しましょう。
これで、よろしいですか?」
「依頼が、魔王退治。
報酬が、元の世界に戻す。
期間は、無期限か。
…………いいだろう。妥当な線だ」
*
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