アクセルを踏み込む。
ポルテは長距離を乗るには楽だけど、つまらない車だ。
兄が早々に飽きて私に譲るのもわかる。室内空間が売りのこの車は、ペーパードライバーの私ですら、恐怖よりも退屈を覚える。
私はいつものように、延々と無駄なことを考えながら家路を飛ばしていた。
エメラルドグリーンの液晶。見やるまでも無く、とうに日を跨いでいる。
土曜日。数時間後にはまた仕事だ。
うんざりとため息をついた。
シャワーだけ浴びて、ベッドに倒れこみたい。
田舎の夜道。薄く靄がかかっている。くねってはいるが殆ど信号は無い。慣れた道だ。
踏む。
更に、踏む。
法定速度の二倍は出ている。
薄情なエンジンはさておいて、タコメーターだけがやたらと元気だった。
鐙に輝くラインの上に、こぶが見えた。
咄嗟にブレーキを踏んだ。
こぶは、驚き刹那身構えて、私のポルテのほうへと駆け出した。
黒猫だった。
ブレーキに、振動が走った。
後輪に、何かが一瞬からまったような気がした。
体が固まる。
やってしまった。ただそれだけで、頭が一杯になった。
肘から先だけが別の生き物みたいに車を運転していた。
今の振動が単にキックバックなのか、猫だったのか、なんて今更ながら言い訳を探した。
ポルテは車高がやや高い、とか。
ホントにやってしまったにしては衝撃が無かった、とか。
ホントに猫だったの?とか。
でも全部ホントで、あの速度だったら人間だって……。
教習者みたいに法定速度ぴったりで運転していた。
すぐにアパートにたどり着いた。
玄関まで、振り返らなかった。
冷水のシャワーを浴びた。体が震えだすほどずっと浴び続けた。体の震えに、あの時の振動が紛れるようにと。
ベッドに倒れこむ。
タオルケットに包まって、震えていた。
外で、じいじいと虫が鳴いている。
皮膚ばかりが熱かった。がらんどうの頭の隅で、枯死してしまいそうだ、なんて思った。
膝を抱く。奥歯がかちりかちり鳴る。
一体どれくらいそうしていたのか、虫の声が聞こえなくなった。
静かに、雨音が響いてきた。
そしてやっと、私は眠りに落ちていった。
※
台風が近付いていたらしい。
朝には横殴りの突風と痛いほど大粒の雨に変わった。
昨夜の道は川に近い。
そういう理由で、別の道を通って会社へ向かった。
こわごわと見つめたポルテは、激しい雨で銀色だった。
泥のような銀色だった。
※
台風一過。
極上の晴天、日曜日だった。
私は恐る恐るポルテを出した。
一昨日の夜、黒猫を見た場所まで法定速度で走った。
車を止める。
降りて、歩く。
猫の死体は無かった。
アスファルトは何の変哲も無いねずみ色だった。
もはや、あの夜のすべてが陽炎。
せみが鳴いている。
私は少し、その場で泣いた。
|