第九話
ワルキア公国は100年ほど前にブルームハルト帝国から独立を果たした新興国である。
国民は進取の気風に満ち、街並みは活気に溢れている。
また、尚武を良しとする武断の国でもあり、ワルキア公国騎士団は大陸でも有数の精鋭として知られていた。
そして毎年今の時期になると、騎士団の入隊試験が行われるため大陸中からわれこそはと思う武芸者たちが大挙しておしよせてくる。
公国騎士団が竜の紋章を象っていることから、人々はこれを竜の実りとよんで、臨時収入を求めてむらがるのだった。
「・・・・もう水無月になるんだなあ・・・。」
目的地であった踊る三日月亭もまた、武芸者たちで賑わいを見せていた。
「騎士団の選抜に武闘会をもちいるとは面白い趣向ですな。実力のほどはいささか不安ですが。」
カリウスがまわりを見渡して言う。
「まあ、ほとんどは腕試しってくらいで自分が騎士になれるなんて思っちゃいないよ。ただ、ここの武闘会は知名度が高いからね、名前を売ろうとする連中にはもってこいなのさ。」
「今晩も臨時講義が必要ですか?」
「許してください。私が悪うございました。」
ある意味カーチャさんよりきついです。
「・・・・それでもまあ、今年は不作そうですけどね・・・・。」
率直にいって質が悪い。
この踊る三日月亭の客だけではなく、レイガルドに入ってから腕の立ちそうな武芸者を見たのは数えるほどだった。それに・・・・
「冒険者の参加者が多いのが気になるわね。」
「お知り合いですか?」
「・・・・まさか!冒険者なんて名乗るのもおこがましい、殺し屋のほうがよっぽど似合う奴らよ。仮に優勝したって間違っても騎士になんてなれないわ。」
「・・・・あんたら、さっきから好きなこと言ってくれてんなあ・・・・」
背後にいた傭兵風の男が立ち上がった。食事中の会話は聞き耳を立てないのがマナーなんだがなあ・・・・。
「事実でしょ、というかあなた誰?」
ニタニタといやらしそうな笑みを浮かべていた男はわずかに口元をひきつらせた。おお、怒ってる怒ってる。
「へっへっへっ・・・魔獣殺しのヤザンといえばわかるかい?」
いたな、そういえばそんな奴。
「魔獣っていったってホブゴブリンじゃないの。せめて魔獣殺しを名乗るならマンティコアかサイクロプスを倒してからにしなさいよ。」
瞬殺されるでしょうけど。
言外にこめた私の意思を察したらしい。
「こ、このアマ・・・・・っ!!」
「あの〜・・・・。」
場違いに間延びした声が割り込んできた。
見れば給仕の女の子が所在なさげにメニューを片手にこちらを窺っている。
「ご注文がお決まりでしたらお伺いしたいのですが〜。」
・・・・この状況でおびえの欠片も感じさせぬこの態度・・・・・できる!。
よく見ればヤザンのほうも振り上げた拳のやりどころに困っている。うやむやのうちに1件が収まりかけたその時、予想しえぬ一撃は味方からもたらされた。
「ナメクジをお願いしたい。」
「「「はああああっ???」」」
言うか?今ここでそれを言うのか?!
「あの〜・・・それは塩をかけると溶けて消えちゃうあの可哀相なナメクジですか〜?」
「その可哀相なナメクジです。」
「少々お待ちください・・・・。」
パタパタと音をたてて給仕の娘が厨房へときえ、店内は静寂に包まれた。
誰もが次の展開が予測できず、固唾を呑んでこちらをうかがっているのがわかる。
汚された・・・・また汚されちゃったよお父さんお母さん・・・・。
「お待たせしました〜。」
パタパタパタ・・・靴音を響かせて給仕の娘が戻ってきた。意外にすばやい。
ゴクリッ
店内に緊張が走る。
「本日のナメクジはカタルーニャ風香草焼きになります〜。」
「「「「「はああああああああ????」」」」」
あるのか、ナメクジ料理!というか繋ぎは?レーヴェとの繋ぎの話はどうなったの?
もしかしてガセ?ガセなの?ガセネタなの?生涯消えない烙印を私におして・・・・・もしそうならボリス!あんたのち○こをぶっちギる!!
頭の中でボリスに対する復讐を約20通りほど妄想していた私を、ヤザンの哄笑がとめた。
「あーはっはっは!聞いたかよ!ナメクジだってよ!小便くさいガキは食うモンもちがうってかあ?」
ブチッ
「ふふふふふ・・・・そう、それじゃ小便くさいガキより弱いあんたは何?ああ・・ちょうどいい名前があったわね。塩で溶けちゃうナメクジにちなんで
ナメクジヤザンって改名したら?。」
「なんだとおおおおっ!てめえ、ガキでも許さん!表にでろーっ!」
「うしろのこ汚い連中もまとめてかかってきなよ。自分の分際ってもんを教えてあげるからさ。」
「くっ、一時とはいえ、カーチャにエルファシア様を預けたばっかりに・・・どこまでも愛らしく世界一おしとやかな我が主が・・・。」
「うるさい、だまれ。」
ドガッ
ワインのボトルに後頭部を直撃され、カリウスは声もなく悶絶した。
「・・・・へっ・・・へへへへ・・いいのかよ。たった一人のお仲間にそんな真似してよう・・・。」
「声が震えてるわよ。」
通りにはまだ人の姿があるが、とりあえずこれだけスペースがあれば十分だ。
「大丈夫、命の心配はしなくていから。ただちょっぴり死ぬほど苦しくてお願いだから死にたい、でも死ねないって気分を味わってもらうだけ。」
「で、でかい口を・・・・!」
「天鎖、地緩捕」
虚空に現れた光の鎖に両手をふさがれ、泥沼と化した地面に膝まで埋まってヤザンたちはようやく己の過ちに気づいた。
「私が悪うございましたー!後生だから許してーっ!!」
「世の中にはとりかえしのつかないことってあるんだよ。それをあなたたちにも教えてあげる。」
だって私だけそんな目にあうのって不公平じゃない?
「いやあああああああ!!!!」
魂切る絶叫がレイガルドの夜空にこだました。
天国のお父さんお母さん。私は悪くないよね?悪いのは世の中だよね??
高見梁川の心象世界
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