第三十五話
フリギュア本陣の幕舎がみるみるうちに目前に迫る。
「チッ!」
レーヴェの接近を待っていたかのように大量の火球が本陣から打ち出された。
…………だが、当たらない。
騎士たちに被害が及ばぬよう突出して距離をとり、その身を弾幕のような火球にさらしつつも、ただの一発もレーヴェに傷ひとつつけることが
できない。
「暴風レーヴェは目を閉じていても風の動きひとつで相手の動きを見通すと聞いてはいたが………」
デルフは感心するというよりあきれ返っていた。
猫科の野生獣すら凌駕する俊敏な動き
そしておそらくは極限まで高められた五感
なにより一撃であっさり命を奪うであろう魔術を前にして微塵の恐怖も感じさせぬ勇気
全身の血が熱くなってくるのがわかる。
神に愛されたものだけが手にすることの出来るあの武量。
ワルキアが生んだ大陸最強の武芸者とともに自分は戦っているのだと思うと、自分がサーガの登場人物になったような気分だった。
レーヴェと肩を並べて戦える今がたまらなく誇らしい。
「うおおおおおおおおおおおっっっ!!!」
最高の士気を保ったまま、レーヴェたちはフリギュアの本陣へ突入を果たした。
「魔術師から優先して倒せ!デルフの小隊は左、ラーケンの小隊は右だ!フサスラを見つけたら鏑矢を放て!決して逃がすな!」
本陣での戦闘はワルキア騎士団が圧倒していた。
戦線の後方で勝ち戦を眺めていた部隊である。
予想だにしなかった自らの危機に右往左往するばかりで、せっかく上回っている数の利を生かすことが出来ない。
「残念だがここに宰相閣下はいない………」
突如現れた火精が幕舎を囲むように乱舞する。
尋常ではない精霊力……おそらくその力はセイリアほどのレベルに達しよう。
練り上げられて具象した火精は不死鳥の姿を形作りつつあった。
「………どこにいるか教えてくれたら命まではとらずにおいてやるぜ。宮廷魔術師長殿」
フリギュア王家宮廷魔術師長クロトワ・ジェラルド・バトン
大陸でも名の知れた魔術師である。
古代魔術への造詣が深く、現代に古代語魔術をいくつか復活させたことでもしられている。
そのひとつがこれ。
火という形でしか具象できない火精に形を与えて攻撃魔術に自立型の知性を付与するというものだ。
あの不死鳥は致死量の炎を纏った知性ある獣なのだ………。
「……もうじきわかることなのだが、私の口からそれを告げるわけにはいかんな。あの世でセト神に聞きたまえ」
「悪いがエルの花嫁衣裳を見るまでオレは死ねんのでな。かわりにお前が逝って詫びておいてくれ」
「なんのことかわからんが、それは出来ん相談だ………行け!」
不死鳥を象った火精の炎がレーヴェに向かって死の翼を羽ばたかせる。
クロトワの目におもむろに槍を振りかぶるレーヴェの姿が映った。
……愚かな……アレは鳥の姿をしてはいても火精の集まりにしかすぎん。両断されたとてなんのダメージにもならぬわ!
竜はこの世界に住まう種として最強の種であることは疑いがない。
人間など歯牙にもかけぬ体躯
空を飛ぶ翼
生あるもの全てをなぎ払わずにはおかぬブレス
そして
……魔術を全て無効化してしまう能力
古代よりさまざまな研究が続けられてきたが、竜の魔術防壁を突破するには竜が内包する以上の魔力をぶつける以外にない……
つまり人の身には不可能だということを確認する結果に終わっていた。
幾万の人のなかに極わずかだが、竜の鱗を用いて鍛えられた竜器と呼ばれる武器から、竜の力を引き出せるものが存在する。
一説には竜すらねじ伏せてしまう強力な意志の持ち主だけが竜の力を引き出すという。
クロトワはレーヴェの二つ名をもう一度思い返して見るべきだった。
暴風レーヴェ
槍聖レーヴェ
英雄騎士レーヴェ
またの名を
魔術師殺し
レーヴェが振り下ろした槍は不死鳥をあっさりと吹き散らし………大地に深々と衝撃の亀裂を残したかと思うと……
クロトワの身体を真っ二つに分断した。
「クロトワさまが討ち取られた!」
「本陣は壊滅したようだぞ!」
「フサスラさまも行方不明と聞く……」
ベルシュタイン公子が会心の笑みとともに私の手をとった。
「魔女殿のおかげでどうやら勝てたようです!」
「私の力ではありません…レーヴェと…騎士団の方たちのおかげですわ」
「魔女殿のキスがなければレーヴェもあそこまで戦えなかったと思いますがね。」
「………知りません!///」
「……まだもう一波乱ありそうですぞ……」
カリウスが低く唸るように東の街道に目を向けた。
「あれは……ブルームハルト帝国の軍ですな。まったく、あれほど援軍を催促しておいたのに今ごろやってくるとは……」
公子は呆れたように言った。
「まあ、わが国の強さを見せ付けてやれたことで満足すべきなのでしょうか……」
違う
私の予感が確かならフリギュアの切り札は……!
「急いで兵を城に戻せ、坊」
エルウィンが沈鬱な声で呟く。
「あの兵気が読めぬか。……あれは敵だ」
「そんな!フリギュアとブルームハルトは歴史的な敵国ですぞ!そもそもわが国とブルームハルトには同盟が……!」
「あの兵気を読めんとは育て方を誤ったようだが……お前の抜けた目でもあの旗ぐらいは見えるじゃろ」
地を這う蛇のように軍列をレイガルドに向ける軍勢のなかにフリギュア王国宰相旗がはためいていた。
高見梁川の心象世界
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