第二話
「亜神エノク・・・・」
それは古代に栄えたアリアントス王国において神話とともに語りつがれる存在だった。
このヴェルミデラ大陸に初めて打ち立てられた統一王朝の立役者。
1000年の長きにわたって王国の統治を司った不老不死の存在。
先天的な特異体質にしか使えなかった魔術を、初めて体系化し、普及させた始祖の魔術師。
そして、自らの広めた魔術知識を王国が独占したことによる王国支配階層の腐敗に嫌気がさし、王国の滅亡を予言して神の座に登った亜神。
その亜神の紋章が、眼前にある。
「サリエルたちが狙っていたものは・・・これか。」
「まさか本当にエノクの遺物とはな・・。」
「まだ、遺物があると決まったわけじゃない。」
セイリアは早くも冷静さを取り戻している。
「確かにな。しかし・・・オレたちのレベルで解呪できる・・・か?」
オレが魔術術式を読み解こうと門鍵に触れたその時、重厚な鉄製の扉は音もなく開きオレたちを室内に招きいれた。
・・・これは信じられないことだ。現にようやく冷静さを取り戻したセイリアも再び呆然としている。エノクほどの大魔術師が迷宮内の工房に呪鍵をしない、ということはありえないのだ。
思いもかけず室内に入れたオレたちだが、中の様子を見渡して息をのんだ。
術式の想像すらできない重層式の魔方陣。見たこともない鉱物で創られた魔術機械。そこに秘められた叡智の深さ、広大さに言葉もない。
「なんというか・・・人間の進歩ってものを嘲笑いたくなるシロモノだな。」
レーヴェが苦笑するのも無理もない。魔術師としても1流のオレだが、欠片も理解できない。超1流のセイリアでも・・・あの放心ぶりからすると期待はできまい。
「マスターの認証を確認。初動操作を開始します。」
「誰だ!?」
不意に聞こえた声にオレたちはあたりを見回す・・・が、誰もいない。幻聴?ありえない!。
「あれ・・・・」
セイリアが指差す先、そこは魔方陣の中心、稼動した術式が渦を巻き、淡い光を放っていた。
手荒く危険な事態だった。遺物探索では侵入者を感知すると自壊呪法が発動するトラップが頻繁にある。対策は・・・
「リードスペル。」
渦を巻く術式に手を伸ばして呪言を紡ぐ。
術式の構成を読み取りその発動を阻害する魔術。剣技も魔術も1流ではあるが超1流とは言いがたいオレだが、この魔術だけは超1流と言える
魔力の高さやセンスではなく、ただ思考の処理スピードが必要とされる魔術だからだ。
だが、これは規格外すぎた。思考が追随できない。構成を読み取るどころかこちらが・・・オレは愕然とした。こいつはオレの思考を読み取ろうとしている!。
そして渦が語りだした。
「オーラパターン解析、二次認証クリア。されど思考混濁により第三法術は起動できず。思考入力から言語入力へ移行します。ご命令を。マスター。」
「マスター・・・まさか・・・オレ・・が?」
「そこまでだ!!!」
未知の遺物に高揚していた心が、どす黒いものに変色していくのが自分でもわかった。
サリエル、そしてガングール大公。
「エルロイ、君を過少評価していたつもりはない、むしろ最大限に評価していたつもりだがそれでも評価はたりなかったようだね。まさかこの工房の魔術防壁を突破するとは。」
騎士団がオレたちを包囲して攻撃の態勢をとる。魔術師はセイリアに備えて防護魔術を展開しているようだ。
勝ち誇ったサリエルの声が続いた。
「返答しだいでは君たちを助命してやってもいいぞ。どうやって防壁を解除した?キーワードか?それとも魔力開放式・・・」
「黙れ!!」
助命する気など欠片もないくせに。おまえの思うとおりにはさせない。ただのひとつもさせるものか!
「立場をわきまえたまえ。」
サリエルは哂った。爬虫類にも似た表情のない哂いだった。
「君たちを殺したあとで調査するのは容易いのだよ?君たちが助かるには私の慈悲にすがるしかないのだ。どうだセイリア、君なら私の助手として飼ってやらんこともないがな?」
「・・・・下衆。」
「・・・レーヴェ、君はどうだ?ワルキア公国騎士団が欲したという槍技、ここで失わせたくはあるまい?」
「そうだな。条件によっては従わなくもないぞ。」
サリエルの表情が輝き、嘲笑を浮かべてオレに視線を送る。
「本来なら条件など言える立場ではないが・・・いいだろう、言ってみたまえ。」
「まあ、それほどたいしたもんじゃないさ。おまえとガングールの命、それだけでいい。」
期待を裏切られてサリエルの顔が憤怒に燃えた。勝手に期待しておいて無様なものだ。
「・・・どいつもこいつも!そんなにこの男と死にたいのか!いいだろう。皆殺しにしてやる!。エルロイに味方するありとあらゆるものを皆殺しに!・・・もう、この遺跡内で生き残っているのはお前らだけだ。サインもマーテルも残らず死んだ!この場にいないお前の仲間も戻り次第殺してやる。そしてエルロイの名を謀反人として未来永劫に語り継いでやるぞ!」
なるほど、冒険者を扇動してフリギュア王国に討ち入ろうとしたことになってるのか。なんて短絡的な。
サリエルの合図とともに騎士団が1歩歩をすすめる。だが、切り札を持っているのはそちらではない。
「マスターとして命ずる。この者たちがオレたちに危害を加えようとしたならばこの工房を破壊せよ!」
再び渦の中心が答えた。
「工房に破壊操作を行う装置はありません。しかし第三法術の終了後は自壊プログラムにより魔方陣の消去と魔術機械の解体処理が行われる
ことになっていますが、それでも良いでしょうか?」
「ああ、それでもかまわん。」
「まままま・・・待て!待て!」
慌てて叫んだのはガングール大公だった。
「お前たちの命は助けてやる。いや、望むままの地位をくれてやっても良いぞ。だ、だから早まったまねだけは・・・」
「大公殿下!」
「良いか!手出しすることは許さん!」
騎士団の騎士たちは1歩ひいて待機の姿勢をとった。そうそう、犬は主人の命令に忠実にね。
「騎士たちを下げろ。レーヴェとセイリアを通してやれ。」
「バカな!なりませんぞ大公殿下!」
「通してやれ。」
「なっ!」
エノクの不老不死の秘術が手に入るかの知れない、とでもいって大公を引きずり込んだのだろうが・・・その煽られた欲の故に大公はオレの要求に逆らえない。
「レーヴェ、セイリア、シグロムの石だ。安全な場所についたら念話をよこせ。」
「おい、お前はどうすんだよ。」
「・・・・・・。」
「危険回避だよ。いっしょに行くより危険が減るのさ。」
(考えはある。死ぬつもりは毛頭ないから急いで仲間たちに伝えるんだ。この国に近づくなと。)
(考えって何?)
いい加減な返答なら許さない。念話なだけにダイレクトに迫力が伝わってくる。
(第三法術っていうのはな、転送系の魔術なのさ。こことは別の工房に転送されるだけだ。心配するな。)
(なら、いい・・・・)
「さて、退散させていただきますよ。サリエルさん。」
サリエルの歯噛みする様子をひとしきり見物して2人は去っていった。
2人が地上に達するまでにはしばしの時間がある。オレはサリエルに疑問をぶつけてみることにした。
「エノクの遺物を独占するためとはいえ、ここまでことを大きくして大丈夫なのか?それとも、これは国王も承知のことか?」
「亜神エノクの不老不死の秘密が手に入るのだ。あとのことなど、どうにでもなる。」
「不老不死の秘密と何故わかる?エノクの偉大さは不老不死であるだけではないぞ。」
「エノクの不老不死のための工房なのだよ、ここは。わが家に伝わる古文書を解読したのだ。間違いはない。」
「不老不死ねえ・・・別に不老不死になるだけなら無くしたほうが世のためという気もするがねえ。」
「バカなことを!生きながら神の位に登り世のしがらみから解き放たれるのだぞ!そのすばらしさが何故わからん!」
「いや、だってお前程度の2流魔術師、不老不死になったってふんじばって猿轡でも噛ませとけばなんの脅威にもならんし。」
「は???」
そんなまぬけな顔すんなよ。お前への怨みが減るだろうが。
「アリアントス年代記読んでるか?エノクが従者をかばって負傷する話があるだろう。つまりケガを再生するにはある程度の時間が必要だってことだ。不老不死なだけのただの人なんて、大国に連れ去られて実験動物にされるのがオチなんじゃないのか?」
サリエルの顔は蒼白だった。古文書を解読したときから不老不死=神とでも思っていたのだろう。
(ついたぜ。)
レーヴェからの念話が届く。さて、正念場だ。セイリアにはああ言ったが第三法術が転送系っていうのは術式に触れたときのオレの勘でしかない。根拠はそれだけだ。
「さて、あの2人とも地上にでたようだし、今度はあなた方に地上に出ていただきましょうか。」
「なんだと?!」
「偽りは許しませんよ。騎士団全員と遺跡から2キロは離れていただく。そのうえで2時間待機していただければ、この工房はあなた方のものです。」
「ふざけるな!貴様が工房を消し去らない保証がどこにある!」
「今、消し去ってもかまいませんよ。」
「・・・そんなことをすれば・・お前の命はないぞ。」
「まあ、レーヴェとセイリアは逃がせたし・・・仇討ちは2人にまかせますよ。」
「エノクの遺物という世界の至宝を消し去るというのか!?」
「貴重ならいいというものではありませんよ。」
「お、お、お前は何を言っているのだ?」
大公は想像の埒外らしいオレの返答に頭を抱えてしまった。死を容認するとか、遺物を捨て去るとか、彼には考えがいたらないのであろう。
衝撃は突然にやってきた。
ゴポリ
血が口元からあふれ出す。
ゆっくりと胸に目を向ける。魔力を帯びた赤い矢が矢羽のあたりまで突き刺さっていた。
「ケイロンの矢。」
ニタリ、とサリエル哂った。魔術を行使した気配はなかった。ケイロンの矢という古代遺物を使ったようだ。
自らの欲にしがみついて都合の悪いことには目をつぶるつもりらしい。世の中お前の思ったようにはいくものか!、と言おうと思ったが、のどから血が遡ってきて声にならない。
「いまだ!殺れ!」
騎士たちが吶喊してくるのが見える。セイリア、ごめん。ここでお別れだ。
大声である必要はない。
誰に聞いてもらう必要もない。
ただ言葉を紡ぐだけ。
「第三法術を発動しろ。」
「了解しました。マスター。」
次の瞬間見たこともない膨大な魔力が溢れ、目も眩む閃光とともに、世界が白に染まった。
高見梁川の心象世界
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