地獄変人と天国馬鹿
「なあ、天国と地獄なら、地獄に堕ちた方が良い気がしないか?」
「あ………?」
ヘッドホンをつけて全体的に白い服装の若者が、サングラスをかけた同世代の全体的に黒い服装の男に話しかけた。
男はサングラスで隠れた視線をヘッドホン男に向ける。
「………どうしてだ? 天国と地獄なんて比べるまでもない。血の池や針山が好きなら、話は別だが」
「トマトジュースとハリネズミは好きでも嫌いでもねーけど………」
ヘッドホン男はがちゃがちゃとヘットホンごと頭をかいて軽薄な見た目通りの話し方で答える。
「天国ってさ、ほら、いいイメージあるじゃん」
「…………少なくとも地獄よりかは」
「美女美男の天使が住んでさー、食べ物から住む所まで保障されて苦しいことは何もない、みたいに言われてんだろ」
「そうだな…………」
「だけど、実際はそんなことねーだろ。天使だって不細工な奴もいる。しかもそういう奴に限って香水つけまくったりして臭くてかなわねー」
「だが………衣食住は保証されているだろう?」
サングラスの言葉をヘッドホンは左手を振って否定する。
「最近は天国も不景気でさ、この間のサラリーマン経済危機? で、首吊って金持ってないくせに天国に来る奴が多くてさ、住む所なくてゴルゴダの丘にプレハブ建設したくらいなんだぜ」
「………そう言えば、地獄にも大勢、来たな」
死んだ奴が来る、と言えばそんな場所は二つしかない。二人はそれぞれ死後の世界の住人であったのだ。
ヘッドホン男は天国。サングラス男は地獄。
「それで俺、その責任とらされて給料削減だぜ? たくさん死んだのは人間の責任なのに。俺、なんもしてないじゃん」
「なんもしてないからじゃないのか……………?」
「けーっ、どうしろってんだ。天国なんていい所、一つもありゃしねえ。天国に来る奴が清廉でも、天使が腹黒すぎる。天使小学校でも学級崩壊が起きてるんだぜ。ゲームしたり歩きまわったり、天国の未来はどうなるんだか」
サングラスは、わめくヘッドホンとは違って静かに相手をする。
「地獄だって、最近は不祥事が多くて酷いもんだ…………。
釜ゆで地獄の釜が強度偽装で水漏れして一週間使用不可になった。その次は畜生道の産地偽装で秋田犬をケルベロスと騙して業者が利益を得ていたという話もある」
「それは気付けよ。地獄の番犬と民家の番犬の違いにくらい気付けよ。ギャハハハハ」
サングラスの話がツボにはまったのかケタケタ笑うヘッドホン。それにむっとしたのか男はサングラスの位置を直して抗弁する。
「……天使だって、似たようなものだろう。この間、熾天使が電車内で手鏡を使い痴漢で捕まったと聞くが」
「ぐっ。あ、あれは示談金で何とかなったらしいから、いいんだよ。マスコミにも気づかれなかったんだから。まあ、天使上層部では痴天使って陰グチ叩かれてるけど」
きまり悪げにするヘッドホンだが、サングラスはいつの間にか脇にあったサイドボードの上にいつの間にかあったグラスの中の液体を飲んでいた。
「そうか………ずずず」
「ああ? なに飲んでんだ」
「レテ河の純度100%天然水だ…………飲んでみるか?」
「ふーん、ずずず」
サングラスから受け取った水を飲むと、ヘッドホンは顔をしかめた。
「…………レテ河って三途の川の別称じゃなかったか?」
「……気のせいだ」
さらりと言うサングラスだが、ヘッドホンは何とも言えない表情をしてサイドボードの上の《萌犬ケルちゃん饅頭》という、詳しい描写は避けるがファンシーな絵柄がパッケージに描かれた人形焼きを口にした。
「地獄でもこういうのが流行ってんのか?」
「……地獄、でも?」
サングラスがレテ水のロック入りをカランと音を立ててサイドボードに置いた。サングラスは人形焼きを左右真っ二つにしてから口の中に放りこんだ。
「最近は規制、規制、で昔に比べて人間界に行けなくなったじゃん。ほら、昔は人間界に行ってソドムとゴモラで火遊びしたりしただろ。
でも最近は厳正な審査を受けてパスポート取って、ようやく仕事目的でいけるだけだ。だからここ数十年、直接行かなくても色々なことが分かるネットがブームなんだよ」
「………天国でも、か。地獄では就業中にもネットで時間を潰す輩がいて困る」
「天国なんて規制されまくって仕事減ったから、最近じゃ天使の他に副業やりはじめるやつが多くてゴタついてるんだぜ。時代の流れなのか高学歴エリートでも昔に比べ扱いが悪い、って熾天使達が嘆願書出したほどだぜ」
ヘッドホンが「やってらんね」といいつつ人形焼きの首をもぐ。サングラスも口を挟まず愚痴を聞くので、話しやすいのか他人が聞いたら真っ青になりそうな裏事情を話まくる。
「熾天使のヤツらときたら一人は痴漢で捕まりかけるわ、一人は脱天使して自分探しをするとか言って人間界に下るは、一人はアイドル目指すなんて夢見がちなこと言いだして、一人は宗教家に転職するわで、もうてんてこ舞い」
「熾天使って、天使で一番偉いが、それでいいのか…………?」
他人事なのに思わず心配になるサングラスだがヘッドホンはケラケラ笑っている。
そんな二人しかいない空間に音が鳴り響いた。チャーチャーチャチャチャチャ。《天国と地獄》の軽快なメロディである。
「んあ?」
それが自分の携帯の着信音だと気づいた男はヘッドホンをタンタンと叩いて通信モードに切り替える。
「おう、オレオレ。俺だってば、ちょっと事故っちゃって、口座に金振り込んでくれる?」
「………それは電話をかけた側が言うんじゃないのか?」
一昔前の詐欺手法風の返答に気を悪くしたのか、電話越しの相手は金切り声をあげた。
サングラスが静かに見守る中、ヘッドホンのスピーカーを手で押さえながら男は応答する。
「怒るなよ、冗談だ。天使の悪戯だっつーの。あーあー、わかったわかった! 仕事に戻ればいいんだろ。死ねブス」
ヘッドホンは「てめーが死ねクソ上司!」とわめく携帯を一方的にきりポケットにしまい、サングラスに別れを告げる。
「秘書がうるせーから仕事しに帰るわ」
「………俺は、他の所で遊ぶとするか」
「ウゼー、地獄に堕ちろ。
じゃあな、閻ちゃん」
「…………昇天してしまえ。
仕事さぼるなよ、神やん」
天国と地獄のイメージが昔っからこんな感じです。
天使は残業に悲鳴を上げて、悪魔は有休が消化できずに嘆く。
…………なんか価値観が歪んでる気がしなくもない。
『ネコが勇者の異世界召還論』連載中。こちらも読んでみてください。
~あらすじ~
私(ネコ。超賢い)と飼い主(あるじ。超ヘタレ)が異世界に召還されてしまった。
ついにあるじも勇者デビューか出世したなあ、と思っていたのだが【魔法】が使えたのは私で、つまり猫である私が勇者!?
それなりに本格な異世界召還ファンタジー!