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「アトモスフィア」 佐藤健志 短編集 作者:佐藤 健志
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49 右回りの掌

あなたも、わたしも。
この宇宙に存在する生き物はみんな。

右回りの螺旋階段をのぼる。1段をワンセット。そう勘定しつつ、どれほど長いことこの仕事を続けていたか振り返る。下を覗くと消失点までずっと螺旋が続いている。
上は見ない。見ようとも思わない。僕の仕事はただ1セットごとに1つ、指定場所に指定のものをセッティングしていくだけだ。終わりは知らない。

1段のぼって、ポケットから円柱に近いそれを取り出し、穴に差し込む。それはすっと吸い込まれるように中へ入る。後には何も残らない。穴があった跡すら。
それが続く、延々と。
僕と対になった僕も同じことを続けている。僕らは顔を合わせたことがない。でも僕らは「僕」だということは知っている。すぐそばに入るはずだけれど、「僕」は「塩基」にしか興味がないから。
また1本取り出し、両手でそれを指定場所に入れる。ポケットには限りなく長細い「それ」が入っているはずだが、「それ」に限りあることも知っている。いつかはわからないが、僕らの仕事にも終わりが来るのだろう。気づいたらこの仕事をしていた。気づかぬ内に仕事は終わるのだ。仕事の終わりは僕らの消滅を意味する。ポケットをまさぐっても何もない状態になればおしまいだ。ただそれだけだ。

僕らは淡々と黙々と階段をのぼる。上を見ずにのぼる。
この仕事がいかなる意味を持つのか、僕らは知らない。ただ、全てが右回り。
同じ方向をむいて僕らは静かに階段をのぼり続ける。


ときどき僕らを包む世界の外から音が聞こえる。同じように階段をのぼり、それをセッティングし、またのぼっている。どれほどの「僕ら」がいるのか、「僕ら」は知らない。
その音はとてもまばらで大きく、または小さく、反響のために右回りなのか左回りなのかわからない。
おそらく僕らが階段をのぼりはじめるよりずっと前から「僕ら」に似た「僕ら」は階段をのぼっているのだろう。とんでもなく長い階段を「僕ら」が消えてもまだ続く仕事を続けていくのだろう。

外の「僕ら」のことは少し気になる。
外部からの影響で「それ」の形状が変わることがあるのだ。「それ」に合わせてセットする部分も変形するのでなんの問題もないのだが、いつのまにか変形している「それ」を不思議に思いつつも「僕ら」はセッティングを続ける。所定の位置に所定のものを。
どんなことがあっても螺旋階段は崩れることはない。壊れることもない。何故ならば階段の崩落は「僕ら」の消失を意味するからだ。「僕ら」が存在しているということは、階段の存在を強固なものにする。とてもわかりやすい理屈だ。

さあ、続けよう。

また1段、階段をのぼる。
終わりを知らない二重螺旋を「僕ら」はのぼる。1段1段、踏みしめて。

階段をのぼり、細長いものを指定場所に収める仕事を。

最後のセリフも何もなく、ただ階段をのぼってゆく仕事を。
明日で最終回です。どうぞよろしく。
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