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「アトモスフィア」 佐藤健志 短編集 作者:佐藤 健志
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28 祠物語

これは、とある祠にまつわる物語。

人も分け入らぬ山の奥、ひっそりと祠はたてられていた。
祠に祀られていたのはむかーしむかし、この地の水脈を整えた、伝説の若者。
自らの身を神にささげて、山の下、扇状地を今の豊かな大地に変えたと言われている。

治水に尽力したのか、はたまた人柱だったのか、真実はわからない。

ただ、若者が命を落としたことだけは確かなようだ。ほら、祠の横に立っている彼だ。



若者はのんびりとあたりを見回している。木々は静かに揺れている。
森の木が村の水害を防いでいるのは、下界の人々も理解しているようだ。今や山とひとつになっている若者は、自身の地に踏み入れた人の心の内がわかるようになっていた。

山裾で泣いている少女のことも。

明日、町に売られていくらしい。両親はひた隠しにしているが、少女は気づいていた。
売られるということがどういうことなのか。それもよく知っていた。
同じ村でも借金のカタに売られゆく少女が何人もいた。豊かな村だろうと、どこにでも借金持ちはいるものだ。

若者は哀れみをもって少女を眺めていた。

売られる悲しみと、待っているであろう苦しみに震える小さな少女は彼女なりにある決心したようだ。

若者は慌てた。この山で命を断つのはやめてくれ。自分一人で終わりにしてくれと。


どんどん奥へ分け入る少女。彼女を死なせずに救う方法はないものか。



若者は目を閉じると山の風となり、少女の前に降り立った。

少女は誰もいないはずの山奥で、突然現れた若者に驚き立ち止まり、そのまま砕けるように腰を折った。
この先にあるのは滝。大きくはないが、飛び降りさえすれば命を断つのは容易だ。
人ならざる雰囲気をかもしだしている男に目指す場所を封じられ、少女は売られるよりも恐ろしい思いで体を震わせていた。
『わたしに、なにができますか』
響く声に少女は顔を上げた。
『わたしは、あなたに、なにができますか』
若者の言葉が理解できず、少女は首をすくめて止まらぬ震えを腕で支えていた。
困ってしまった若者は、腰を落としてしゃがみ、目線を合わせて少女に話しかけた。
『あなたが大変困っておられるのはわかります。わたしにできることがあれば、言って下さい』
やさしい口調に、少女の心は少し解けた。
「あなたは神様ですか」
『……わたしは、かつて人だったものにすぎません』
『この山で、もう人死には出したくはありません』
『あなたは、なにを望んでいますか』
若者が差し出した手をとり、少女は声を上げて泣き出した。
生まれてから今まで、耐えることしか教えられてこなかった。知らなかった。
はじめて、ぬくもりを知った。



今、祠には二人の神様が祀られているという。
若者と、彼の妻となった少女がそこにいるという。
村が平安であるよう、子どもたちが幸せであるよう、見守っていると伝わる。

やさしいやさしい夫婦が見守っているという。
明日の夜も、どうぞお楽しみに。
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