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ソメイヨシノ
作:choco


 今日僕は、悪いことをしました。


 申し訳程度の遊具すら置いていない、それでいてやけにだだっ広い、一面砂利で覆われた広場の端に、数本の桜の木がある。広場の真ん中から見て、左から二番目の他より少し小さいそれが、僕は好きだ。梅でも八重桜でもない、なんてことはないソメイヨシノの木。でも、僕はソメイヨシノが、この木が好きだ。
 特に理由なんてない。強いて挙げるなら――僕が今よりもっと頼りない青年だった頃、初めて買った携帯電話で、初めて撮ったのがこの木だった、それからだろうか。何故桜だったのか、と聞かれても、もうそんな事は覚えていない。多分『サクラサク』にでも引っ掛けたのだろう。

 それからもう随分経つ。ここの桜は相変わらず、思わず写真を撮りたくなるほどに美しい。梅のような豊かな枝振りもない、八重桜のような豊満な花をつけるわけでもない、花が本来持つ頼りなくも雄大な、そんな魅力を極限まで高めた美しさだ。
 桃色の風が吹く。いくつかの花びらが舞う。風がもう一度吹く。花びらが更に高く舞い上がる。枝が皆同じ向きにしなる。僕の知らないいつか、今と同じように飛んだであろう花びらが、僕の足下にひらと落ちる。

 僕はその木にゆっくりと近付く。他より少し早く散った花を浴びる。あとほんの数日で皆もこうして散り、木は何事もなかったように葉をつける。その儚さを、人は美しいという。

 桜自身のことなど、何も考えずに。

 もっと長い間、桜は美しくいられる筈だったのだ。もっと豊かな、桜が本来あるべき土の上であれば。
 僕達は平気で、桜をこんなにも痩せ衰えた土の上に連れ込んだ。桜が苦しむ様を、儚くも美しいなどとのたまい、益々多くの桜を苛め続けてきた。
 僕は桜の、もどかしさと苦しみを湛えたその姿に、僕を重ねようとした。しかし、桜が背負ってきたものほど重いものを、僕は背負ってはいなかった。僕はこの大きな木の前で、今まで何度となく味わってきた自身の無力さを噛み締めた。

 ――別にそんなことが理由じゃないんだ――僕はそう呟き、むしろ木に語りかけながらそれに歩み寄り、その大きな腕に手をかけた。懸垂の要領で体を引き寄せ、それに跨がり、身をよじるようにして前へ進んだ。
 ごめんな。そう断って、僕はその枝を一つ手折った。桜を剪定してしまうと、雄大なそれは途端に力なくいじけてしまうのだという。僕はもう一度、ごめんな、と言ってそこから降り、最後の、最大のわがままを終えた。

 僕は今日、悪いことをしました。必死に咲き誇る桜を、自分のエゴで傷つけました――
 全てに飽いた僕がここから逃げ出す理由としては十分過ぎる。

 春は出会いと別れの季節だという。僕はこの下らない世界に別れを告げ、僕の知らない何かに出会う為、市内で一番高いマンションに向かった。














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