幕間 その3(後)
医者たちが帰っていき、二人はゆっくりと廊下を戻って菜帆のいる部屋に
入った。亮介が菜帆の布団の横に座り、心配そうに妹の様子を伺っている。
二人は戸口に前に腰を下ろし、この小さくて健気な兄妹の姿を後ろから
ぼんやりと眺めた。
「悪かったな、亮介」
芹沢がぽつりと言った。「俺がおまえの言うことにちゃんと耳を傾けてりゃ、
菜帆がこんなに苦しむことはなかったんだ。おまえ、今朝言ってたよな。
菜帆の様子がおかしいってよ。それを俺は相手にしなかった」
亮介は二人に背を向けたままで、何も言わなかった。
「言い訳がましいけどよ。お巡りなんかやってると、おまえみたいに小さな
ガキにまで猜疑心──つまり、疑ってかかっちまうんだ。嘘言って何か
良くねえことを考えてるんじゃねえかってさ。ほら、日頃からそういう連中
ばっか相手にしてるだろ? そのうちこっちの性根まで歪んじまうんだよ。
自分でも、ときどき嫌になることがあるよ」
依然として亮介に反応はなかった。芹沢は構わずに話し続けた。
「鍋島がこの前言ってたみたいに、おまえたちを預かるのを承知した以上は
もっとおまえらのこと考えてやっても良かったんだ。それを自分一人が
被害者みたいに思ってよ。本当の被害者はおまえらなんだよな。俺みたいな
のと一緒に暮らさなきゃならねえんだから。おまけにそいつの仕事の都合
とかで、あんな環境の悪い警察署で一日中じっとしてろって言われてさ。
菜帆でなくったって具合が悪くなるぜ」
そして芹沢は鍋島に振り返った。「なあ?」
「せやな」
鍋島は小さく頷き、亮介の背中に言った。「俺も悪いんや。しょせん俺の
役目はメシを作ることだけやって、どっかで開き直ってた。今日でも、朝から
おまえらのことは眼中になかったし、それよりも自分の女のことで頭が一杯
やったんや」
相変わらず亮介は黙ったままだった。
「亮介。嫌なら、ここにいなくたっていいんだぜ」
「おい、ちょっと待てよ」鍋島は芹沢に振り返った。
「いいじゃねえか、俺たちが責任持ってこの二人を受け入れてくれる施設を
探してやろうぜ。そうすりゃここにいるよりマシだろ」
「でも──」
「考えてもみろよ。菜帆の容態がたいしたことなかったからいいようなものの、
もし肺炎にでもなってたら、それこそこんなに悠長に構えてられねえんだぜ」
鍋島は俯いた。芹沢の言うとおりだったからだ。
「……ええよ。刑事さん」
ここで亮介がやっと口を開いた。芹沢と鍋島は同時に顔を上げた。
「僕が悪かったんやから」
亮介は振り返った。その頬には、涙の筋が一筋できていた。
「それは違うぜ、亮介」
「刑事さんが僕のこと疑ったのは、僕が昨日逃げたからや。菜帆のこと
放っといて」
「亮介──」
「僕ら、ここにいてもええやろ? もう絶対にあんなことせえへんから。
刑事さんたちの言うこともちゃんと聞くし、警察でもおとなしくしてる」
亮介は言って、すがるような眼差しで二人を交互に見た。
芹沢は何と言えばいいのか分からなかった。ゆっくりと髪を掻き上げて
亮介を見つめるだけで、何も言葉が浮かんでこなかった。ただ、自分が
この少年に救われたのだと言うことだけは、はっきりと分かっていた。
「……ねえ、施設に行けなんてこと言わんといてくれる?」
「ああ……」
「……やっぱり、迷惑なん?」
「そんなことないよ」
やっと鍋島が答えた。
思い上がった大人にどれだけの本物の愛情が残っているのか。
自分たちを守ってくれているはずの大人に不安を抱いた子供たちは、
ときには身を挺してそれを試すのかも知れない。
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