第二章 その3(後)
杏子の部屋に入った二人は、そのひどい荒らされように一瞬、ドアの前で
立ちすくんでしまった。
二帖ほどの台所と六帖の居間は、昨日亮介と菜帆を見つけたときの状態
よりもさらにひどく、地震でも起こったあとのようだった。押し入れ、部屋の
中央の畳、クロゼットと安っぽい造りの鏡台、そして冷蔵庫から小さな
食器棚の引き出しにいたるまで、すべてひっくり返り、中のものがそこら中に
散らばっている。
「上島かな」芹沢が言った。
「けど、ライトバンに乗ってきてたって言うてたやろ。別に何に乗ろうと自由
やけど、ちょっと結びつかんな」
散乱している靴やおもちゃの間を縫って、鍋島は部屋に上がった。
「それに、上島やとしたらこんなに家捜しする必要ないと思うけどな。自分の
女の部屋なんやから、捜し物があったら女に訊いたらええことやろ」
「もしかしたら、上島と杏子は一緒じゃねえのかも」
「それにしても、何を探してたんやろ」
「畳までひっくり返してるところを見ると、薄っぺらいもんらしいぜ」
「杏子がここへ戻ってきたのは三日前、つまり殺しのある日の夕方や。
でもそのときの杏子はいつもと変わらへんかったって、亮介は言うてた」
「子供にゃ気づかれねえようにして、何かを隠していったのかも」
「金かな」
「金ねえ……」と芹沢は考え込んだ。「もっと特別な物のような気がする」
そのとき、開いたままのドアの向こうから一人の若い男が顔を
覗かせた。青白い肌に死んだ魚のようにトロンとして濁った目の、
不健康そうな男だった。
「あ、ちょっと」男に気づいた芹沢が声を掛けた。
男はドアの内側に回ってきた。まだ暑いというのに、Tシャツの上に
紺のジャージの上下を着ていた。
「ここの住人の方?」
「ええ、隣ですけど」
男は無表情のまま答えて芹沢をまじまじと眺めた。
「西天満署刑事課の芹沢と言います」
芹沢はジャケットから警察手帳を出して男に示した。「さっきまで
この部屋にいた男を見ませんでしたか?」
「見ましたよ」と男は答えた。「あんな大きな音を立てられたら、誰かて
何ごとかと思って見に行きますよ」
「それ、この男と違いましたか?」
部屋の奥から鍋島が出てきて、上島の写真を男に見せた。
「いえ、全然違います。歳は同じくらいやったけど」
「何か特徴を覚えていらっしゃいませんか?」
「さあ。僕もドアの間から見ただけやから」
男はその折れそうに細い首を傾げた。「ベージュ色の作業着のような
ものを着てました。それから──その写真の人ほどやないけど、確かに
あんまり人相はようなかったな。ちょっと様子もおかしかったし」
「と言うと?」
「何か、ひどく怒ってると言うか──キレて、見境がなくなってしもてる
感じです。悪いけどそのくらいしか分かりません」
「そうですか。どうもわざわざありがとうございます」
男はのらりくらりと隣へ帰っていった。
「東条組やないな」鍋島が言った。
「……面倒臭ぇ。だったら誰なんだ」
芹沢は舌打ちしながら言うと部屋を見渡して溜め息をついた。
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