死んでも嫌だと言えりゃ良かった。
絶対、お前の家になんぞ行くかと、言えりゃ良かった。
…………でも現実、定期が無いのは正直無理だ。なけなしの小遣いで通学なんかしたくないし、ウチの学校はバイト禁止だし。
マジで背に腹は換えられない。
それにしたって、あぁ…胃が痛い。もうホント、涙が出ちゃうよなぁ。
漫画で表現するなら、俺のバックには縦線が一杯でトホホとか描いてあるに違いない。
そりゃそうだ、何が悲しくて魔王の神殿に自ら行かにゃならんのさ?
何だか生贄に捧げられる羊とかもこんな気持ちなのかなぁ…とか考えてしまう。
中内の家は学校から徒歩で行けた。
行けたけど、三十分は優に歩いたかもしれない。チキショウ、さてはアイツ自転車通学組みだな?
指の端っこで親切丁寧に書き込まれた地図を挟みながら道を歩く。地図と道とを対比・検討を丁寧に重ねながら、進んで行く。
そして目の前に現れたのは、近代的なデザインの立派な一戸建て。表札には嫌味なようにローマ字で“NAKAUTI”と書かれていた。
ま、まぁ気後れするほど立派ではないが、少なくとも俺の家よりゃ数段も立派だ。
押したくない気持ち50%、定期を取り返したい気持ちが50%。そんな気持ちがせめぎ合って、インターホンを押そうにも指が伸ばせないし、引っ込めて帰ろうにも踏ん切りが付かない。
それで、ついつい押すか押すまいか、ボタンの前で人差し指の屈伸運動をしてしまう。
暫くそんな事をしていたら、門の内側から中内が現れた。
「何をしているんですか?」
「ひっ……!」
思わず横に飛び退く。
「人の家の前で、あんまり面白い事をしていると、目立ちますよ?」
中内が俺に顎をしゃくって見せた。何気なく視線を向けると、真向かいの家のオバサンが不審者を見る目つきで俺を玄関から見ていた。
「アチラの奥さんが、わざわざウチに電話をくれましてね。近所付き合いはしておくモノです。さぁ、それ以上目立ちたくないなら入ってください」
「〜〜〜〜!!」
非常に不本意だが、そうするしか無いようだ。ココで返せと喚いてもイイのだが、下手すると警察とか呼ばれかねない。
それは、チョット嫌だ。
渋々、俺は中内の言うように家に入る事にした。まぁ、玄関先で返せと言えば済む事だし、あんまり深く考えなくてもイイだろうと思ったのが運の尽き。
後に、俺は自分の考えの甘さを死ぬほど後悔する事になる。
あの時……きっと良く見たら、玄関の扉に“人生捨ててもいいですか?”って張り紙されてたかも知れない。いや“地獄へようこそ”だったかも。
俺は中内に薦められるまま、玄関の中に入った。当然、距離は1mをキープ中だ。
「立ち話も何ですから、お茶でも如何ですか?どうぞ」
そういうや否や、奴はサッサと中に入っていきやがった。
「ちょ…待てよ!!フザケンナ!!何でお前とお茶なんか……」
俺の言葉は一切無視で、とっとと部屋の中に消える。当然、俺は躊躇したが、ええいっココまで来たら毒を喰らわば皿までだ。
大きく一回深呼吸をすると、綺麗に整頓された玄関に靴を脱ぎ散らかして走り込む。とにかく、部屋に入ったら直ぐに返してもらえばいい。
「中内!俺は……」
怒鳴り付けてやろうと勢い込んで部屋に入ったものの、家の中の余りの寒々しさにあっけに取られた。
なんて云うか、こう、生活感が一切無い感じ。暖かさとか、優しさとか、人が住んでる気配が見事に欠落している。
「あぁ、丁度良かった。コーヒーですか?紅茶ですか?」
「え、あ、こ、コーヒー」
「砂糖は?」
「いる」
「ミルクは?」
「あ、甘めのカフェオレ好き。…じゃない!違う、定期を……」
「ここに置いておきますから、取ったら座って下さい。なんなら運びましょうか?」
ニッコリと悪戯っぽい微笑を浮かべる。
負けました……。
「……自分で運ぶ」
何だか、ペースを全部握られてる感じがするなぁ。
「好きなところに座って頂いて結構ですよ」
中内はそれだけ言うと、自分はサッサとソファに腰を掛けた。俺は何だか納得のいかない心を宥めつつ、キッチンのカウンターに置かれた大きめのカップを手に取った。
あ、カフェオレ。
チラリと中内に視線を向けた。中内はそれを疑っていると思ったらしい。
「大丈夫ですよ、変なものは入れていません。正真正銘、インスタントコーヒーと砂糖とミルクだけです」
「……ば、馬鹿じゃねぇーの!?一介の高校生が、そんなヤバそうなモン持ってるわけねぇって!」
ふん、と俺は鼻を鳴らして、中内とは斜め向かいのソファに腰掛けた。
「とにかく定期を返せよ!!」
俺は顔を見ないまま怒鳴った。
「まぁそんなに焦らなくてもいいじゃないですか。折角淹れた飲み物が冷えてしまいます。先に飲んで下さい」
そう言って中内はゆっくりカップを口に運ぶ。それを見た俺は、ふとアホみたいなことを考えていた。
中内って紅茶飲むんだなぁ。なんて。
「どうかしましたか?」
「あ、いや。なんか、中内って紅茶ってイメージじゃないんだよなぁ。コーヒーをブラックで、みたいな感じ?」
中内は一瞬不思議そうな顔をしたが、クックと笑い出した。
「何だよ!!」
俺は急に恥ずかしくなって顔に血が上るのを感じた。中内が何を好んで飲もうが関係なんかねぇだろうが!
「いや…室尾の俺のイメージってどんな風なのかと思って。残念ながら、俺はコーヒーが苦手でね。飲もうと思えば飲めるけど、あんまり好まないな」
「ふ…ふーん」
急に落ちた静けさが、何処に置いてあるのか分からない時計の音を大きく響かせた。
チッチッチッチッ……。
俺はその静けさに耐えられず、つい口を開いてしまった。
「その、なんだ。中内の家族って、家にいねぇーの?」
「ん?ああ、父や母のコトですか?」
「いや、それだけじゃなくて…兄弟とかさ」
チラリ、と中内の顔を見る。その時の中内の顔は能面の様に恐ろしいまでに無表情で、不味い事を言ったのだと悟った。
「知りたい?」
そう聞かれて、俺はばつが悪くなってそっぽを向いた。
「べ、別に!なんだか、俺、静かなの慣れてねぇーの!!家に帰えりゃ姉ぇちゃんがうるせぇーし、妹とかなんかもギャーギャー騒ぐし。お袋なんか、四六時中テレビ点けっ放しだし。とにかく、静かな環境って、ダメなんだよ!」
「へぇー…室尾って、三人兄弟?真ん中なんだ?」
「いンや、四人だよ。上に二人、下に一人」
「全部女?」
「いや、一番上が兄貴でその下に姉ぇちゃん。そんで俺に妹。丁度、男女男女って感じ」
「楽しそうだね」
「そうでもナイぜぇ?飯だって急いで食わなきゃ無くなるし、兄貴が家にいた頃なんか最悪だったなぁ。あの馬鹿兄貴、力に物言わせて俺のオカズ取るんだぜ?良く逃げ回ってお袋に怒られた」
「ふぅん」
中内の視線が心なしか頬に刺さる。
「な、何だよ」
「兄弟の話をしている室尾って、凄く楽しそうだなと思ってさ」
ニヤッと中内が笑った。
「ンなんじゃねぇよ!」
俺は顔から火が出そうなほど恥ずかしくなった。何で中内にこんな話してんだよ!馬鹿か俺は!!
とにかく、カフェオレを飲み干さないと帰れそうにナイ雰囲気だったので、俺は口を噤んでカップに集中した。
コーヒー独特の苦味と砂糖の甘み、そして優しいミルクの味が一気にふわっと口に広がった。どれをとっても絶妙なバランスで、何時も自分が入れているカフェオレと全然味が違った。
「美味い!なぁ、中内。これ、本当にインスタントか?」
「そうだよ」
中内が嬉しそうに目を細めた。
「ふーん、淹れる人によってインスタントでも変わるのかなぁ?コレ、マジに美味い」
俺は中内が入れたモノだと云う事をすっかり忘れて、一気に飲み干した。
「ハァ〜ご馳走さま!美味かったぁ。……じゃない!そうだ中内、定期返せよ!!早く帰んないと飯が食えなくなる!」
俺はハッと我に帰って中内に噛み付いた。中内はわざとなのか、酷くゆっくりした動作で時間を確認する。
俺はそれを一瞬、不思議に思った。
何で中内は家に居るのに、腕時計で時間を見るんだろうって。俺は家に帰ったら、絶対腕時計は外して、家の置時計を使うから。
「もうこんな時間ですか。そうだ、どうせなら晩御飯一緒に如何ですか?どうせウチは誰も帰ってこないし、俺一人では到底食べ切れませんから」
中内はどうですか?と俺に尋ねた。
「いや、俺は……」
思いっきり断ろうとした。
したんだけど……。
「別に断って下さって結構ですよ。ただ俺は、誰かと食事なんかしたこと無いから。してみたかったんですけどね……」
そう言って中内は席を立つと、自分のカップと俺のカップを持ってキッチンに入っていった。
何だかこう、後ろ髪を引かれるって云うか、何と云うか。
非常に後味が悪い。
確かに俺は中内が嫌いだが、理由の無い嫌いから“いじめっ子”オーラが強いからダメって分かったし、何とか一緒に話せるぐらいになってるし。
まぁ初めよりはマシって云えばマシだ。
くっそう、何か嫌だなぁ……掌で転がされてる気もするんだけど、断れない気もする。
「あぁ!!もう、分かったよ!!喰えばいいんだろ!?チョット待ってろ、家に電話すっから。喰ったら、定期返せよな!?絶対だぞ!?」
もっと云えばココで断ったら後が怖い。
それにもし何かあったら、家族に中内の家に居ることを伝えておけば、万が一も何とかなるんじゃないかと俺は考えた。
「分かりました」
キッチンから顔を出した中内は今まで見たことも無い、とても無邪気な子供みたいに嬉しそうに笑っていた。
……フン、騙されネェからな。
だが、上手い具合に中内は俺の弱点を突いてくる。むしろ、騙されると云うよりは、追い込まれていると表現した方が早い。
俺はお袋に電話を掛け、中内と云うクラスメイトの家で食事をご馳走になると告げた。少しでも心配すると思いきや、ラッキーとはしゃぐ声が耳に痛い。
ちきしょー、俺の気も知らないで!!
「じゃあな!!」
腹立ち紛れに俺はブチッと電話を切る。その間際、どうせなら泊めてもらいなさいよ!その分家が広くなるわぁ〜とのたまっていた。
フザケンナ!!てめぇは息子のコトをちったぁ心配しやがれってんだ!!
怒り覚めやらぬ俺は、中内に必ず食後に定期を返すコトを念押しした。
「勿論、返しますよ」
少しは信用してください、そう笑って俺に何かを差し出す。
俺は咄嗟に受け取ろうとして手を出すが、中内の手に触れそうになったコトで思わず手を引っ込めてしまった。
「あっ…」
「うわっ!!」
その何かは宙を舞い、俺のYシャツに飛び散った。そして足元で大きく食器の割れる音が響き渡る。
「げっ!」
熱くは無いが、ズボンまでびっしょり。ブレザーは脱いでいたので難を逃れはしたが、問題なのは、割れたのは高そうな代物ってコト。
「ご、ごめ……」
俺は慌ててそれを拾おうとした。
「ダメです!それよりも怪我は無いですか?」
余りの剣幕に俺は思わず縮み上がった。
「あ、うん。大丈夫だけど……」
「こんな物はイイんです。それよりも、制服……何とかしないといけませんね」
中内は何かを暫く考えた後、俺に付いて来いと言った。
「なぁ何だよ?」
案内されたのは風呂場。
「へ?」
「とにかく、Yシャツなんかは洗ったとして、問題はズボンの方ですね」
そう言いながら中内はバスタオルを用意したり、バスタブに湯船を張ったらり忙しなく動き回る。
「あの〜…」
完全に置いてけぼりの俺はただただ、呆然とその動きを目で追った。
「さ、服を脱いで入ってください。汚れた物はこの籠に。着替えは……嫌でしょうが、俺のを使って貰うしかありませんね」
じゃそう云うコトでと、そう言って中内はサッサと脱衣所から消える。
なんだってぇぇぇ!?
ただ飯を食うだけが、風呂もセットかよ!?何で、どうして??
俺は頭がグルグルと混乱し、他に考え付かなかったので、仕方が無く気持ち悪く張り付いた服を脱ぎ、指定された籠に放り込んで浴室に入った。
「ひっろ〜」
白い湯気で辺りは真っ白だが、俺の家の風呂場なんかとは比べ物にならないほど広い。コレなら体を洗っている時にドアに肘とかぶつけなくていいなぁ。
俺はそんなコトを考えながら、まずシャワーを浴び、体を洗うと湯船に浸かった。
「ふぅぅ〜…」
きもちイイなぁ。
何でこんなコトになったのかとか、もう全部どうでも良くなっていた。
とにかく今日は緊張の連続だったから、湯船に浸かっていると少しずつ強張っていた体がほぐれて行く。
どれぐらい浸かっていたのか、俺の体はすっかり温まり機嫌もかなり良くなっていた。
浴室のドアを開けると、洗濯機(勿論ドラム式とか云う、乾燥機能付きのヤツ)がせっせと仕事をしている。
そして、さっきの籠にはキチンと丁寧に畳まれたTシャツにジャージと下着。
暫く睨みつけるが、他に着るものが無いので、嫌々ながら袖を通す。
が!!
ココで最大の難問に遭遇。
服が…………デカイのだ。
そりゃ、俺はお世辞にも発育がイイとは云えないケド……コレじゃ彼氏の家に泊まりに来た女みたいじゃねぇか!!
Tシャツから手を出すには何回も袖を折り曲げ、ジャージに到っては足を通したものの、まくるのが面倒なので脱いだ。どうせ男同士だし、トランクスだし、言いたかないがTシャツが長いからもうイイや。
俺はジャージだけをその場に残し、台所へと向かう。
「あ、もう出ましたか?」
「ん?あぁ……さんきゅ。さっきは悪かったな」
「別に構いませんよ。あれ、ジャージは履かないんですか?」
「ぐっ……!あのなぁ、俺のがお前より…その…なんだ。少しだけ…なんつーか……その…ちいせぇ…ンだよ……」
言葉尻がどんどん小さくなる。
「え?」
「だーかーら!お前の方が、俺よりデカイの!!ンなの、コレ見りゃわかるだろー!?」
ああ、ナルホド。
そう口だけ動かすと、中内は再びクックと笑った。
「それは気が付かなくて……。あ、そうそう、下着だけは新品だから、気にしなくても大丈夫ですよ」
「そりゃどうも!!」
俺は少しむくれた。ナンかこう、上手く遊ばれてるような…。
中内の視線と俺の視線が偶然ぶつかった。
思わずビクッと体が反応する。
んんン?今までとはなぁ〜んか違う身の危険を感じる気がするんですが……?
俺の第六感とやらが、小さな危険信号を発している様な気がする。上手く言葉に出来ないけど、中内の視線が今までとチョット変わったようだ。
どう違うかって言うと、今までは俺の反応を楽しむ節があったけど、今度は見たいけれどわざと逸らす…見たいな感じ。
ナンだか、変な緊張感をズルズルと引き摺ったまま、同じ食卓を囲む。
とにかく『すげぇ!』『美味い!!』と連呼したものの、ぎこちない会話、ぎこちない雰囲気のせいで、折角のご馳走(俺の家でこんなモノが出たら何かあったのかと思ってしまうゾ)も砂を噛む様で味が良く分からない。
中内が食後の飲み物を取ってきます、と席を立った時、正直ホッとした。
生殺しとはこんな感じなんだろうなぁ……。
くたっとテーブルに突っ伏す。
「どうしました?」
「いや、別に……。喰いすぎ?」
「そうですか?」
中内は俺に冷たいグラスを差し出した。
「さんきゅ」
俺はそれを馬鹿素直に受け取って飲む。
「ん?これ、何?」
「ジュース」
「ふーん、変な味……」
はぁぁ、俺は何処までも馬鹿なんだよなぁ……。
その時に気が付けば良かったんだよなぁ……。
俺はその“ジュース”をすっかり飲み干して、グラスをテーブルに置こうとしたものの、何故か倒してしまった。
「はれ…?なんらろ……?」
気が付いた頃には、すっかり呂律が回ってい無い。
「にゃかうひぃ(中内)…ほんろに(ホントに)…ジュー……」
「ハイ、確かにジュースでしたよ。中にお酒が少し入っていましたけど」
ニッコリと意地悪い笑みを浮かべる中内の顔が、俺の目の前にあった。
「でも、まさかあんなにチョットでこんなになるなんて……。甘党の人はお酒に弱いって、本当だったんですねぇ」
「にゃにを〜!!」
俺は重くなってきた瞼と闘いながら、中内を睨みつける。
「可愛い」
「こにょやろ(このヤロウ)〜!!」
立ち上がって手を振り上げた筈が、バランスを崩して中内の胸に転がり込む。
「ふぇ?」
間抜けな声を出して慌てて身を引こうにも、体に力が入らない。その上、中内は俺の体を力を込めて抱き締めた。
「ナンかこう云うのって、据え膳喰わぬはってヤツ?」
頬に中内の大きな手が触れ、俺の顔を上に向かせる。
「今日は何もしないでおこうと思ったんだケド……室尾、その格好は反則だよねぇ?……我慢できなくなりそうだよ」
「……?」
俺は意味が分からなくて目を瞬かせた。
中内は黙って俺の頬や唇やおでこを指先でなぞり、髪の間に指を滑り込ませる。そしてたっぷり間を空けてから、俺の唇ギリギリの所まで口を近付けると、呟いた。
「好きだから」
は?
「んんー!!」
突然合わせられた唇に、俺は驚き目を見開いた。抵抗しようにも体に力が入らないし、気絶するには恐怖が足りない。
「ン…や…」
その上、良く分からないまま俺の体から更に力が抜け落ちていく。絡め取られ、なぞられ……酸欠のせいなのか、酒のせいなのか、眠さのせいなのか、頭がぼうっとして来た。
「ん、はぁ……」
漸く開放された頃には、もうナンだかまな板の上の鯉。新鮮な酸素を求めて口を大きく喘がせている。
「ふっ…」
俺は悔しいのか、腹が立っていたのか、もっと別な感情だったのか…そんなの良く分からないけど、涙がポロリと零れる。
「室尾―…?」
中内が少しうろたえた表情を見せた、気がした。
「きらい、きらいだっ!きらいぃぃ〜!!」
俺はきっと精一杯の抵抗のつもりだったんだろうなぁ、中内に何されたとか、そんな事とか、あんな事とか、色んなモノがごっちゃになって、とにかく“きらい”を連発したようだ。
だが俺も意外と図太いらしく、そのまま夢の彼方に意識を手放した、みたい。
そう、目覚めの恐怖を知らないままに…………。
翌朝、俺は見知らぬ景色の中にいた。
朝日が差し込んで、部屋はほんのり暖かくなっている。頭が少し痛い上に、体が思った以上に重い。
「んん…ン……」
寝ぼけた俺の頭は現状把握を放棄し、コロンと寝返りを打った。
……その先に、恐ろしい光景があるとも知らず。
「!!!!!!」
もしもメデューサがこの世に存在していたならば、俺は正にその瞬間、石になっていたに違いない。
びきっ。
な、な、な、な、な、中内ィィィ!?
俺の直ぐ間近に中内の寝顔がある。恐る恐る目を遣れば、俺の体に中内の腕が絡みついている。
「う…う…うわぁぁぁ!?ぬおっ!!」
慌てて体を引き離し、退いた先はベッドから落ちた床の上。後頭部をしたたかに打ち付けて、痛みの余りに悶絶する。
「室尾……?」
中内が俺の悲鳴や騒ぎで目を覚ました。むっくりと起き上がると、俺のほうに体を向けて、ベッドサイドに腰を下す。
「何で、どうして!?ココ何処?何が一体どうなってるのぉぉ?」
俺は涙を流して頭を押さえながら、ジリジリ後ろに下がりつつ、中内に質問した。
「覚えてないんですか?」
ニッコリと爽やかな笑顔。……でも、意地悪さがバンバンにじみ出ていますって。
「何をだよ?」
俺は昨夜の記憶を一生懸命手繰り寄せるが、食後の記憶が著しく欠如している。
しかも、断片的だが、中内にその…。
「キスのこととか」
「わー!わー!!聞こえないぞ!俺は何にも聞こえない!!」
俺は耳を塞ぎ、いらない言葉をシャットダウンする。
「ヒドイですね。俺は寝てしまった室尾の為に一晩我慢したんですから。ご褒美くらいは貰わないと」
中内の視線が、ザクザクと俺に突き刺さる。
「……と、言いたい所ですが、もうこんな時間ですか。登校の時間です。……あ、そうそう、昨日のうちにご家族には連絡してありますので、このまま俺と一緒に行きましょう」
「嫌だ!!」
当然、俺は即答する。
しかし、敵は俺の更に上を行っていた。
「では、コレは返せません」
意地悪くニヤリと笑ってぴらりと取り出された定期が、俺の前でむなしく揺れる。
一体お前はそんなものを何処に隠してたんだよ!?
「それと、コレも一応は没収。返して欲しかったら、言う事を聞いてください」
中内は笑顔を崩さないまま、指先に何かを引っ掛けて揺らす。
もしかして、それ!!
「そうです、室尾の携帯ですよ」
「ひっ…卑怯者ォォ!!腹グロ!!馬鹿ぁぁ!!」
「あぁ、室尾が何言おうと褒め言葉に聞こえるなー。じゃ、着替えたらサッサとキッチンに来てください。……ナンなら、着替えを手伝いましょうか?」
俺はカァッと頬に血が上るのを感じた。
「いらねーお世話だ!!」
俺の答えを聞くと、中内はハッハッハと悪役さながらの笑いで去っていった。
アイツってこんなキャラだったっけ?
俺はぐったりとその場に座り込み、遠くを見詰めながらこれから先のコトに思いを馳せた。
この調子だと、家族の連中は丸め込まれたに違いない。
学校でも逃げ場は無し、家にも逃げ場は無し……もしかして針のむしろってヤツですかね、コレは?
出るのは涙と深い溜め息のみ。
あぁぁもう!これからどうなんのさ、俺!!
我身に降りかかった不幸に対し、神様へ愚痴る。
神様、どうかせめて可愛い女の子に襲われた方がマシです!いや、ノーマルなだけ痴女に襲われた方がマシです!!どうか取り替えてくださいぃ〜!!
いや、そもそもこの状況を作り出したのは神様かもしれない。
「室尾―!早くしないと遅刻しますよー?」
地獄の底から悪魔の声がする。
俺の不幸はまだまだ続くらしい。
…………神様のぶぁかぁぁぁぁ!!!!
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