Side:レン-9-
ミチルの元へは結局、俺は丸四日戻らなかった。
一応、画廊のガロに泊まりこんで絵の制作に励んでいるということにしておいたけれど……流石に彼女ももう、あやしみはじめているだろう。
その後、上月数馬はいきつけのバーで飲んでいるところをあっさり捕まり、自宅も捜索されてコカインがベッドの下にあるのが発見された。
このことを、サクラは本当に心から悲しんでいるようだった。<ベルビュー荘>にまつわることは、俺にとってももちろんそうだが、彼女にとっても何よりかけがえのない大事な思い出なのだ。
そこに消えない汚点を烙印されたようで、彼女は警察が取り調べを終えて帰る頃には、心底疲れきったような顔をしていた。
そして俺はそんな彼女のそばにいてやりたいあまり――妻に嘘を重ねたというわけだ。
ミチルはワイドショー関係のものはあまり見ない質の女なのだが、それでもこの二日ほどの間にこの報道のことを、テレビ、あるいはネットなどで目にしたかもしれない。
もちろん、ミチルがサクラに会ったのはただの一度きりのことだけれど、それでもミチルが彼女のことを覚えていたとすれば、ピンと来ている可能性はあると思う。
何故なら、ワイドショーでは、>>「川上サクラさんは自宅で俳優・上月数馬さんの相談に乗っていたところ、薬で錯乱している彼に首を絞められた」と言われており、彼女が助かったのは「偶然にも恋人が駆けつけてくれたため」ということになっているからだ。
たぶん今ごろ、佐々木さんもその<恋人>が自分ではないと気づき、サクラから連絡があるのを待っているだろう……俺にしても、マンションの管理人に頼んで裏の出口からだしてもらったにも関わらず、マスコミにカメラを向けられていた。
もちろん、俺がサクラの恋人であるとすぐにわかる可能性は低いとは思う。
けれど、もし何かの拍子に俺の映像が一瞬流れるのを佐々木さんかミチルが見たとしたら――一体何がどうなっているのか、すぐ見当がついたに違いない。
そして俺はミチルに、その路線から別れ話を切りだすつもりはなかった。
偶然傘を届けにいったら、サクラが暴漢に襲われていて、震える彼女のことを抱きしめているうちに気づいたら寝てしまった?……我ながらなんとも嘘くさい言い訳だとしか思えない。
それに、三日前に浮気したからもう別れよう、などと言われて納得する女がいるわけがない。
だから俺は――アパートへ戻ると、明らかに寝不足でうろたえている様子のミチルに向かって、ただこう切り出したのだ。
「別れたい。そのためなら、なんでもする」
と……。