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Side:X-1-

 上月数馬の俳優としてのキャリアは、『ベルビュー荘のべらぼうに愉快な奴ら』という一作で終わってしまった。

 この舞台は、ドラマ化と映画化が決定された時、ドラマのほうも映画のほうも、デューク・サイトウ役は上月数馬にしか務まらないと言われたほど、彼にとっては当たり役だったといえる。

 けれどその後、ここを足がかりに一気にスターダムにのしあがってやろう!という数馬自身の野心は、木っ端微塵に砕かれて終わる結果となった。

 ドラマのほうも回ってくるのは三流の脇役ばかりで、やがてその役も端役となり、さらには主演の決まっていたミュージカルを降板することになって以来――彼の役者人生は見るも無残なものとして終焉を迎えつつあった。

 その時、数馬はかつて自分にチャンスを与えてくれた霧島幸太郎のことを思いだし、彼に会いにいった。

 彼にとって、霧島はデューク・サイトウという役を与えてくれた恩師であり、彼がいたからこそ今の自分があるともいえる人物だった。そして、計画どおりまるでうまくいっていない今の自分の人生について洗いざらい話し、脚本家の川上サクラの住所と電話番号を彼から聞きだすことに成功した。

 つまり、彼女に口を利いてもらうことで、なんとか俳優として再浮上のチャンスを得たいと思っていたのである。

 正直なところを言って、川上サクラが住んでいるという、一等地に立つその瀟洒なマンションを見上げた時――数馬の中では憎しみが募った。

 芸能界と呼ばれる場所には、裏に美味しい利益を吸い上げる黒幕のような存在がいて、数馬は彼女がそうしたうちの誰かと寝たから、今の人気脚本家と呼ばれる地位を得たのだろうとしか思っていなかった。

『ベルビュー荘のべらぼうに愉快な奴ら』は、今も劇団レリックの人気演目のひとつとして定期的に上演されているが、そちらの舞台のほうには、川上サクラは一切タッチしていないという。

 だが数馬は、上演のたびにおそらくは、彼女の元には結構なお金が転がりこんでいるのではないかと思っている……もしかしたら、舞台の上で必死に汗を流して演じる役者などより、何もしていない彼女のほうが多額の金を。

 芸能界と呼ばれる場所にいる連中は、そもそもみんなそんな連中ばかりだ。

 利用できる時に利用できるだけしておいて、旬な存在でなくなった途端にポイと捨てられる人間のなんと多いことだろう。

 先ごろ自殺した芸能人が今、その名前でネット検索されるナンバーワンに輝いているが、いずれ彼の名前のことなど、誰も思いださなくなるに違いない。

「そーいやさ、昔△◇っていうドラマに出てた奴いるだろ?あ~っ、なんだっけ。名前思いだせね。ほら、自殺した奴だよ。落ち目になってテレビでほとんど見かけなくなった頃に……」

 その線でいったとすれば、たぶん自分は『ベルビュー荘のべらぼうに愉快な奴ら』一作で終わった人、とでもいうことになるのだろう。

 数馬はずっと思っていた。いつか、チャンスを掴むことさえ出来れば、自分は役者としていつまでも人に覚えられるくらいの人間になれるだろう、と。

 だが、薬物を使用していることがミュージカルの舞台監督にばれてからというもの、パッタリ仕事が回ってこなくなった。この舞台監督は<鬼>として知られる有名な人物で、幸い、マスコミにそのことを情報として洩らされるということはなかったものの――立ち直るまでは絶対に舞台へ上がるなと、そう強く数馬は警告されていた。

(くそっ!俺は薬をやってたほうが、演技のキレもいいし、セリフの覚えも早いんだよ!!)

 実をいうと数馬は、この鬼監督に自分の薬物使用をチクったのは、昔つきあっていた二階堂ほたるではないかと思っている。

 彼女はこの鬼監督の洗礼を受けて以来、ドラマや映画に引っ張りだこになっている……そして先日、今をときめく某スター俳優との熱愛が報道されていた。

(昔のブタみたいに太ってた頃の写真を、ネットに流出してやろうか?ええ?)

 そうすれば千年の恋も冷めるだろうよ、そう数馬は思うが、そこまで思った時に、流石に自分という存在が惨めになった。

 ほたるは、とてもいい子だった。いや、いい俳優であり、いい人間であり、いい女性であった、というべきかもしれない。

 彼女のような人間が幸せになるのは当然のことだと、そのことについては数馬にしても認めざるをえない。

 それにそもそも――薬物に手をだすようになり、そのことが原因で彼女と別れて以来、自分はまったくツキに見放されているのではないか、という気さえする。

 どうして自分は一度手に入れたと思った幸せの「青い鳥」を自分から手放してしまったのだろう……そしてもう一度そのラッキーバードを捕まえるにはどうしたらいいのだろうと数馬は思う。

 そして二十階建てのマンションのてっぺんあたりを眺め、数馬は深呼吸して決意を新たにした。

(自分はもう一度、てっぺんに行く。そしてそのためのきっかけが、今の自分にはどうしても必要なんだ)

 数馬は1701号室のインターホンを押し、そして川上サクラが応答するのを待った。

 もしいなくても、彼女が帰ってくるまでここで待っているくらいの気持ちで、彼は今日、ここへやって来た。

 携帯の番号もメールのアドレスもわかっているが、こういうことはアポイントメントをとって先に「実は~」などと説明しておくより、ガチンコでいったほうが、絶対に自分の熱意が伝わるはずだと、そう数馬は思っている。 

「はい?」と、高慢ちきな女の声がして、数馬は反吐がでそうになったが、グッと堪える。

 この女とは、舞台以外のプライヴェートな部分での接点というのが、ほとんどなかった。

 いつも上から見下したような物の言い方をし、人の欠点をあげつらう……「おまえこそ、人間のクズだ!」と言ってやりたい衝動を、数馬は何度このスパルタ・ビッチに対して感じたことだろう。

 もし役者として成功していれば、それもまた「いい思い出」となっていたかもしれない。けれど、今はこんな女に頭を下げなければいけないほど、落ちぶれた自分に対して何より腹が立つ。

「あの、上月数馬です。昔、『ベルビュー荘のべらぼうに愉快な奴ら』で、役者として鍛えてもらったデューク・サイトウ役の……」

 数秒の間、沈黙が流れる。

「わかったわ。今オートロックを解除するから、ちょっと待ってて」

(やった!!!)

 数馬は、まだ自分の要求を飲んでもらったわけでもないのに――これで99.9%、自分の願いは果たされたも同然だと思った。また、もし相手がこちらの言うことに応じなかった場合、数馬にはある覚悟があった。

 クズのような人間のことは、クズのように扱っても何も問題はない……生きるも死ぬも、あの女自身の選択次第なのだと、数馬はそう思いながら、オートロックの解除された半透明のドアを通っていった。




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