Side:サクラ-6-
クマちゃんと一週間ほど、カリブで羽を伸ばしてきた。
スキューバダイビングをしたり、イルカと戯れたり、砂浜で日がな一日寝そべったり……それから、結婚式の場所はベタベタだとは思ったけど、海外としては比較的人を呼びやすい、ハワイということに決めた。
実をいうとこれから花嫁になるバンビには、心に秘密がある。
彼女は実は本当は、心の中で全然別の男性を愛しているのだ……バンビーナはいくら心優しく頼り甲斐があっても、種族の違うクマちゃんより、同じ鹿のバンビーノと結ばれたいと思っている。
そのことを、バンビはカリブではっきりと自覚した。
というより、ずっと前からわかっていたことだった、そんなことは。
バンビはクマちゃんと一緒にプールで遊んだり、一日中ベッドで寝たあとでも――クマちゃんが寝ているのを確認すると、バルコニーにでてお姫さまが王子さまのことを思うようにバンビーノのことを考えた。
そう、言うまでもなくあたしが心に思い浮かべていたのはレンのことだった。
というか、その現象はかなり以前からあるもので、「今ここにもしレンがいてくれたら」という場面で、あたしはいつもレンの存在のことを思った。
たとえば、カリブ海を見渡せるバルコニーで、あたしはベッドに寝ているのは実はクマちゃんではなくレンだと想像したりする。
あるいは、突然後ろからあいつが抱きしめてくれて、「さっきはすごく良かった」などと言ってくれるという仮想:レンによる妄想だ。
でもあいつが結婚して以来、そういう現象は随分遠のいていたはずなのに、最近やたらあいつのことを考えてしまうのは何故なのだろうとあたしは考える。
カリブへ来る前に、ガロでレンに会ったのがいけなかったのだろうか?
(でも、いつかきっと忘れられるわよね?クマちゃんと結婚すれば、たぶん……)
そんなわけで、帰国してからあたしがしようと思ったのは、クマちゃんとレンを会わせるということだった。
クマちゃんはああ見えて意外に、音楽とか絵画とか、芸術一般といったものに造詣の深い人だ。
本人曰く、自分が成り上がり者だから、そういうものに触れて「本物を装いたい」という気持ちが強いのかもしれないな、ということだった。
ところで、クマちゃんはあたしとで四度目の結婚になるというのは、先に述べたとおり。
たぶん、結婚したり別れたりといったことを四十二歳までに三度も行っていると聞いたとしたら――大抵の人はこう思うのではないだろうか?
その男は絶対に何かあるに違いない、と……。
だが、この世界には間違いなく、「女運の悪い人」(or男運の悪い人)というのが存在する。
クマちゃんが一番最初に結婚した女性との間に生じたトラブルというのが、「ネズミ講」というものだったらしい。
つまり、ある商品を買う人を多く集めれば集めるほど、割引のパーセンテージが高くなるという、例のアレである。
クマちゃんは奥さんが何か商売をしているとは知っていたけれど、違法なものを扱っている、また詐欺を働いているということまでは知らなかったので――ある日奥さんが離婚届を残してドロンと消えてしまうまで、彼女がその手の詐欺商法に長く携わっている女性であったとは、まるでわからなかったということだった。
そしてふたり目、最初の離婚の痛手を癒してくれた女性とクマちゃんは結婚した。
クマちゃんは彼女と子供に囲まれた幸せな家庭を夢見ていたけれど……二年たっても子供が出来ないままでいた頃、奥さんがピルを服用していたことを偶然知ってしまう。
つまり、クマちゃんの二番目の奥さんは、表面的にはクマちゃんに「早く子供が欲しいわ」などと言いながら、その影でピルを服用していたということだ。
結局、財産目当てで自分は結婚されたのだろうかと、奥さんに不信感を抱いたクマちゃんは離婚を決意したという。
そして三人目――結婚相談所に高い会員登録料を支払って、クマちゃんは三度目の結婚をした。
ところが、彼女が実はあるカルト宗教にのめりこんでいることが結婚後に発覚。
クマちゃんはある時から彼女の強い信仰心についていけないようになり、やはりここでも離婚してしまったということだった。
「まあ、こんなふうに言っても、いかにも言い訳がましくしか聞こえないっていうのはわかってる」
と、クマちゃんは「結婚を前提につきあってほしい」とわたしに言う前にそう切りだした。
「俺にも至らないところはたくさんあっただろうし、そのことについて言い訳はしない。でも――俺はサクラちゃんと、これが人生最後の結婚っていうのをしたいと思うんだ。同意してくれるかい?」
「ええ、もちろんよ」と、あたしは答えた。「というより、クマちゃんの言ったことを全面的に信じるわ。あたしがキャバクラで働いてたことがあるって、クマちゃんも知ってるでしょ?ああいうところに来る男の人の中には、クマちゃんと同じように女性に騙されたとか、色々な愚痴をこぼしにくる人も多いの。そういう話をたくさん聞いて知ってるから……クマちゃんは本当に、不幸にも女の人に対して運がなかったっていう、それだけなんだと思うわ」
そう答えながらわたしは――もしかして本当に、クマちゃんは信じられないくらい女運のない人なんじゃないかという気がして、彼のことがいたたまれなくなっていた。
何故といって他でもないこのあたしと、結婚を前提におつきあい?
どこまで女性を見る目がないのだろう……と自分でいうのもなんだけど、クマちゃんはあたしのことをちょっとばかり男性経験が豊富な、でも心は清らかな優しいバンビーナだと本気でそう信じているらしい。
だから、バンビはクマちゃんのことを絶対裏切るようなことは出来ないし、結婚したら彼のことだけを愛し抜くつもりでもいる。
そして今さらながらレンへの気持ちを吹っ切るためにも――あたしはクマちゃんのことをレンに紹介しようと思っていた。